白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

「マッハスピード豪速球」(2017年4月19日)

マッハスピード豪速球 [DVD]

マッハスピード豪速球 [DVD]

 

2016年11月24日に新宿バティオスで開催された映像収録スペシャルライブ(無料)の模様を収録。

私が初めて目にしたマッハスピード豪速球のネタは、動画配信されていた「M-1グランプリ2016」準々決勝戦で披露されていた漫才『カポエイラ』である。このタイトルが正式名称なのかどうかは分からない。ただ、とにかく、『カポエイラ』のネタだ。ダンスと格闘技の間のものである“カポエイラ”という不明瞭な存在をテーマにした漫才で、そのニッチな着眼点に感心し、また坂巻の洗練されていないビミョーなカポエイラの動きで笑ったように記憶している。しかし一方で、ニッチなテーマをあまり掘り下げられていない詰めの甘さに、物足りなさを感じていた。そのため、本作のリリースが発表されたときも、同じ日に発売される『ランジャタイのキャハハのハ!』の方にばかり関心を寄せていた。

しかし、いざ視聴してみて、その複雑な面白さに驚かされた。そう。彼らのコントは複雑だ。例えば、一本目のコント『マナー』。電車に入ってきた老婆(坂巻)が、まったく席を譲ろうとしない若者(ガン太)に対して愚痴をこぼし始めるのだが、当の若者がまるで独り言のように自らがいかに疲労しているのかを語り出し、そのことを知らずに批判していた老婆へ罪悪感を残そうとするコントである。当初は、相手の事情も知らずに一方的な論理を押し付けてくる老婆に対して若者がカウンターを仕掛けている“スカッとジャパン”的な姿が笑えるのだが、一方で、若者を杖でぶん殴るという攻撃的な手段に出る老婆のファイターぶりに爽快感を覚える。果たして、本当におかしいのはどちらなのか。この不明瞭であやふやな関係性が、たまらなく面白い。

この他のコントも傑作揃いだ。路上で倒れたところを助けてくれた命の恩人がどうしても生理的に受け付けない『命の恩人』は、坂巻演じる恩人の不快感を催す演技が素晴らしい。水筒でお茶を飲んでいるだけなのに、どうしてあんなに不愉快に感じられるのだろう。この行き過ぎた不快感が、たまらない面白い。個人で勝手に自転車を撤去しているおじさんを描いた『自転車撤去』は、設定の絶妙さが光るコント。もとい、本当にこういうことをやって、生計を立てている人が実在しそうである。このリアリティ溢れる危うさが実に良い。ストーカー行為を働いた落語家の裁判にファンが押し掛けてくる『裁判』は、落語家と常連客の間に培われてきた密な関係性を笑いに昇華している。本編に収録されているコントの中では、ある意味で最も危険性の高いネタといえるのかもしれない。……というか、実際にストーカーで逮捕された落語家がいたよなあ……。

中でも、強烈な印象を残したのは、深夜のコンビニでテキパキと働いているアルバイト(坂巻)のことを、ホテルグループの会長(ガン太)が新しいホテルの従業員としてスカウトしようとするのだが、あっさりと断られてしまう『下の上』。このコントは是非とも実際に視聴してもらいたいので、具体的な内容については触れないが、彼のような感覚の人間は意外と世の中に少なくないのではないかと思う。もとい、個人的にも、どちらかというとそっち寄りの思想を持っているので、なんだか激しく共感してしまった。その着眼点もさることながら、コントの構成も魅力的である。どういうコントなのかが分かってからも、しっかりと驚きの情報をこちらに提供してくれる。オチの切れ味もサイコーだ。傑作だと思う。

ちなみに、冒頭で挙げた「M-1グランプリ2016」準々決勝戦で披露された漫才も、本作に収録されている。『親子喧嘩』がそれだ。基本的なやりとりは同じなのだが、やや強引にハートフルに仕上げられているオチがたまらなくバカバカしかった。カポエイラの曖昧模糊としたアイデンティティを最後まで活かしていた。恐らく、M-1で披露していた漫才は、これを手直ししたものだったのだろう。……だが、どうせ出場するのであれば、ちゃんとオリジナルのネタを作った方が良い。私のように、M-1の動画を通じて、本来の魅力を知ることなく良し悪しを判断してしまう人間も少なくないだろうから……。マッハスピード豪速球、ランジャタイに負けるとも劣らない名演ぶりだった。

これら本編に加えて、特典映像として「検証「ガン太に対する坂巻の愛が足りないんじゃないか問題」」が収録されている。「坂巻は自分に対して愛がないのではないか?」と感じているガン太が、坂巻にドッキリを仕掛けて、愛があるのかどうかを検証するという企画である。どういうドッキリなのかは実際に観ていただくとして、このネタバレを映像内では行わず、完成した映像を確認するというカタチで坂巻に真実が告げられるという底意地の悪い報せ方をしていたというのが興味深い。絶対に面白いじゃないか。その時の様子はビデオカメラに収められているのだろうか。収められていたとすれば、それはいずれリリースされるであろう第二弾の特典映像にきちんと収められるのだろうか……。この他にも、単独ライブでは面白い企画を幾つも手掛けているというマッハスピード豪速球。その模様がドキュメンタリータッチにソフト化される日が、いつか来ないものだろうか。

■本編【43分】

「マナー」「こんな夜は」「命の恩人」「自転車撤去」「ゲームセンター」「効果以上」「裁判」「下の上」「親子喧嘩」

■特典映像【28分】

「検証「ガン太に対する坂巻の愛が足りないんじゃないか問題」」