白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

無題。

昔、聴いていて、衝撃を受けた音源がある。

「この馬鹿野郎、娘一人さらわれたおかげでもって、両親楽で暮らせるように成りやがって……あの拉致太りめ。ええっ、横田某の夫婦の馬鹿野郎……」

これはヘイト・スピーチなどではない。立川流家元・立川談志のマクラである。もう少し、細かく説明すると、2007年12月8日に博品館劇場で高座にかけられた『やかん』のマクラである。死後、キントトレコードからリリースされた追悼盤に収録されている。この家元の発言には、それまで連発されていた上質のジョークで笑っていた観客たちも驚いたようで、この直後、客席はまるで凍り付いてしまったかのように静まり返っている。

家元自薦ベスト やかん/天災 立川談志公式追悼盤(2枚組CD/談志役場・キントトレコード)

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無論、あの立川談志が言うことなので、何の脈絡もなくこのような暴言を吐いたわけではない。この発言の前後は、以下の流れとなっている。

(数々の猥雑なジョークで観客を笑わせる家元……)

あのね、元来ね、寄席というのはこういうところなんですよ。

この馬鹿野郎、娘一人さらわれたおかげでもって、両親楽で暮らせるように成りやがって……あの拉致太りめ。ええっ、横田某の夫婦の馬鹿野郎……。

これがここ(高座)で言うことなんですよ。

んなもの、あの親には悪いところなんか一つもないですよ、そんなの。可愛い娘がさらわれて、国が相手にしてくれないから、自分たちが立ち上がって、みんなの協力を得ながらやってきた……って、崇高な行為ですよ。

だけど、庶民の腹ん中にゃね、さっきの「あの丸坊主を人殺しにしなきゃ困る」と同じようにね、「あの野郎、拉致太りめ」っていう、この了見があるんですよ。これは一番……良い悪いの問題じゃないんですよね。この了見がね、国からテレビを通じて無くなっちゃったんだね。

昔はそれが寄席にあったしね。寄席に出てくるね、隠居さんとかね、和尚さんにそういう了見があったんだよ。

だから庶民はそこで永遠にガス抜きしてたかな。

実にどうも……べけんやで……。

かつての寄席が庶民から求められていたモノについて話していたのである。

ただ、私が衝撃を受けたのは、この暴言そのものではない。「丸坊主」の件である。ここでいう「丸坊主」とは、高座の音源が収録された時期に話題となっていた殺人事件の関係者のことである。当時、「丸坊主」はその胡散臭い風貌から、インターネット掲示板の書き込みやマスコミから「犯人なのではないか」と疑心暗鬼の目を向けられていたのである。その後、犯人は別の人物だと判明するのだが、この日の談志はマクラで「あれ、なんとか犯人に仕立て上げようじゃねえか」とネタにしていたのである。そして、それを聞いていた観客は、何の躊躇もなく文字通り爆笑している。

なんとも奇妙な話ではないか。横田某にしても、「丸坊主」にしても、まったく無実の人間であることには違いないのに、それぞれ切り口が違っているとはいえ、観客の反応もまるで違ってしまうのだ。同様に罪のない人間をネタにしても、その時その時の時代の流れによって、良しとされることもあれば、悪しとされることもあるということだ。それはまさに「笑い」というあやふやで危うい概念を実感させられた瞬間であった。

……という記憶が、某茂木健一郎の話について考えている最中に甦った。関連性があるかどうかは、知ったことではない。勝手にしやがれ