白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

「柳家喬太郎独演会」(2017年2月12日)

岡山県柳家喬太郎が独演会を開催するというので、観に行く。

開演時刻は午後二時。会場はお馴染みの岡山市民文化ホール。私はいつものように宇多津駅から高松方面行きの電車に乗り込み、坂出駅で乗り換えて、快速マリンライナーで岡山へと向かった。岡山駅に到着したのは午後十二時半ごろだっただろうか。まだ少し時間に余裕を感じたので、駅から歩いて数分のところにあるイオンモール岡山に向かった。昼食を取ろうと考えていたのだが、時刻が時刻だったため、どの店にも入ることが出来ず、何も食べずにただ時間を潰すだけになってしまった。気が付くと一時間が経過しようとしていたので、慌ててイオンを飛び出し、レトロなデザインの路面電車へと飛び乗る。岡山駅前から小橋まで。小橋で降りると、もう目的地はすぐ側だ。結局、開演五分前に会場入りすることとなった。チケットをもぎってもらい、客席へと向かう。ロビーでの物販は見当たらず。少し寂しい。私の席は一階十列の右端。端っこの席は隣に気を使わなくて済むから気楽ではあるのだが、冷たい壁から漂う冷気が骨身にこたえた。

開口一番は柳家喬太郎が務めた。恒例の演出である。本来、落語会の開口一番は、いわゆる前座・二つ目の仕事だ。しかし、あえて師匠は、前座から登場してしまう。単なる酔狂なのか、前座噺が異常に好きなのか、何も考えていないのか、私は知らない。演目は垂乳根。長屋の独身男の元にある女性が嫁に来るのだが、この女性の言葉遣いがあまりにも丁寧すぎるので、上手くコミュニケーションを取ることが出来ない。通常なら、男と女と二人の仲を取り持つ大家の三人がメインで登場する噺だが、喬太郎はここで男の隣の部屋に住む婆さんの存在に着目、長屋の住人たちをより立体的に描き出していた。男と婆さんが壁越しに会話するくだりの面白さたるや。

続いて、登場したのは、二つ目の落語家・春風亭正太郎さんである。正朝の弟子、五代目柳朝の孫弟子にあたる方だ。個人的には、Twitterでよく見かける人という印象が強い。演目は『五目講釈』。道楽が過ぎて、勘当されてしまった生薬屋の若旦那が、居候先の職人から働くように促され、「私は講釈師になろうと思う」と宣言する。いわゆる若旦那の生兵法が描かれた噺で、似たような設定の演目に、銭湯を舞台とした『湯屋番』、集めた紙屑を整理する作業を始めるも気が散ってしまってまるで進まない『紙屑屋』、船頭になった若旦那が様々な人々を騒動に巻き込む『船徳』などがある。『五目講釈』の若旦那もそれらと同様に、最初の方は、いかにもそれらしい芸を見せてくれるのだが、だんだんと話の内容がおかしくなってしまう。気が付くと、古典の世界にはそぐわないような、人物の名前やワードが次々に盛り込まれていく。そして話は、どんどんどんどんナンセンスに崩壊していく……このハチャメチャぶりがたまらなく面白かった。

そして再び、師匠の登場。演目は自作の新作落語『白日の約束』。ホワイトデーに恋人から「約束、覚えてる?」と訊ねられた男が、果たしてどんな約束だったのかを思い出せずに苦悶する姿を描いた噺だ。女性の色っぽさと面倒臭さに直面した男の困惑ぶりがコミカルに描写されており、「これぞ喬太郎の新作!」と思わせられる一席である。また、登場する人物たちの言動が、ちょっとトレンディドラマ風に色っぽいのが妙に面白い。ここで中入り。十五分の休憩が挟まる。

幕が上がると、三度目の喬太郎である。演目は『小言幸兵衛』。とにかく周囲の人間に小言をしないと気が済まない大家・幸兵衛の元に、様々な人々が部屋を借りにやって来るのだが、彼らにも小言をぶつけてしまい……という噺である。初めて聴いたときには、後半の不条理な展開が苦手だったため、今でもちょっと苦手意識の残る演目なのだが、師匠の『小言幸兵衛』は実に面白かった。前半でしっかりと小言幸兵衛の名の如き綿密にねっとりとした小言ぶりを見せつけ、フリをしっかりと固めた後で、後半の想像を暴走させた幸兵衛による不条理過ぎる展開をしっかりと笑いに変えていく。とても満足のいく熱演だった。

午後四時、終演。まだ日が高いので、フォロワーさんと待ち合わせて、焼き鳥を食べに行く。東京のこと、ブログのこと、DVDのことなどについて話をしていたら、気付けばあたりはすっかり暗くなっていた。別れたときには、もう時刻は午後七時半。とはいえ、久しぶりの岡山の街並みを楽しみたかったため、岡山駅までは歩いて戻ることにした。午後八時を過ぎたころ、岡山駅に到着。セブンイレブンで温かい缶コーヒーを購入し、高松行きのマリンライナーへと乗り込む。坂出駅で乗り換えて、宇多津駅に戻ってきたときには、もう午後九時をとっくに過ぎていた。それにも関わらず、私は更にあっちこっちへと寄り道をしてしまい、自宅へと戻ってきたのは午後十一時。それから風呂に入って、『乃木坂工事中』を見て、就寝した。

お疲れさまでした。