白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

ラーメンズ『シャンパンタワーとあやとりとロールケーキ』に関するひとつの考察。

2017年1月1日。この日、コントユニット「ラーメンズ」が、これまでに開催した単独公演で演じてきた100本分のコント動画の無料配信を開始した。動画はYouTubeにアップされ、視聴による広告収益は日本赤十字社を通じて各地での災害の復興に役立てられるそうだ。

このニュースが伝えられた時は、ただただ「スゴいぞラーメンズ!」と感心するばかりだった。テレビやラジオといったメディア媒体ではなく、舞台を中心に活動しているラーメンズ(というかブレーンの小林賢太郎)にとって、過去のコントを収録したソフトは主たる収入源の一つの筈。それを惜しげもなく無料で配信してしまう、この思い切りの良さ。今後の活動に対する強い自信がなければ、そうそう実行出来ることではないだろう。

……と、まるで他人事のように、このニュースをしれっと受け流した当時の私だったのだが……あちらこちらのサイトで【オススメのラーメンズコント!】という旨の記事を見かけるようになって、はたと気が付いた。「せっかく色んな人がラーメンズのコントを気軽に見られる環境が整っているのに、どうしてお笑いのレビューを手掛けるウチのブログが率先して入門講座的な記事を書かなかったのか!」と。

しかし、今頃になって、オススメのコントを並べているようでは、どうにもこうにも手遅れの感が否めない。それに、これから記事を書くにしても、昔のラーメンズのコントについてはすっかり忘れてしまっているモノも少なくない(特にDVD化が遅れた『home』『FLAT』『news』に関しては記憶が曖昧だ)。それらの確認を思えば、書き終えるまでに更なる時間を要することは明白である。……というわけで、私は今回のビッグウェーブに乗るのを早々に諦めたのであった。

そうして無念な気持ちに囚われながら、なんとなしに「ラーメンズ」のコントがYoutubeで公式配信!初心者にもおすすめな13作という記事を読んでいたときのことである。ふと、なんとなく、記事の中で紹介されていたコントの一つシャンパンタワーとあやとりとロールケーキ』の存在が妙に引っ掛かった。『シャンパンタワーとあやとりとロールケーキ』は、現時点での最新公演『TOWER』(2009年4月~6月)で披露されたコントだ。この公演でラーメンズは全国ツアーを展開、私も高松公演を鑑賞した。その時に観たネタの中でも『シャンパンタワーとあやとりとロールケーキ』はどちらかというと地味な印象が残っていて、わざわざ記事で取り上げるほどのコントではないと思ったのである。“「無いものがあるかのように見える」という、パントマイムの面白さが全面に出た作品。生で公演を観たときは2人の精密なパフォーマンスに感嘆したのを覚えています。”という紹介文にも引っ掛かった。パントマイムという側面から見るならば、他にも適切なコントがあった筈だ。なのに、どうして。……恐らく、この時の私は、流れに乗り遅れたことで少しだけ不貞腐れていたのだろう。

このような経緯から、私は恐らくDVDがリリースされた2010年9月以来、久しぶりに『シャンパンタワーとあやとりとロールケーキ』を鑑賞した。……で、ことのほか、思っていたよりもずっと強い引力でもって、目を奪われた。否、当時の私の見立てが、まったくもって勘違いだったわけではない。確かに『シャンパンタワーとあやとりとロールケーキ』は地味なコントだった。だが、その裏には、とてつもない技術が注ぎ込まれていたのである……。

 以下、考察。

 

 シャンパンタワーとあやとりとロールケーキ』

文字通り、シャンパンタワー」「あやとり」「ロールケーキ」を軸とした、三つの場面で構成されたコントである。舞台はパーティ会場のバックヤード。まず、小林が完成させた巨大な「シャンパンタワー」を会場へと持ち込もうとして、失敗する。続いて、会場に設置されたくす玉を割るまでの時間を潰すため、小林と片桐が二人で「あやとり」を始める。一定の時間が経過したところで、オーブンの音が。焼き上がった長い「ロールケーキ」をどうやって部屋から出そうかと試行錯誤を繰り返し、なんとか会場へと運び出す。最後は割れないくす玉でオチ。

このコントでは、見えないものを見せるために、二つの技術が使われている。一つ目はパントマイム。実際には存在しないものを、動きや音だけで存在しているかのように見せる。見えないものを動きで有るように見せる。二つ目は台詞回し。これにより、実際には存在していないパーティ会場の様子が、まるで手に取るように伝わる。見えない場所を言葉で有るように見せる。それぞれ、見えないのに見せようとしているものは違っているが、どちらも共通していえることがある。どちらも観客の想像力を掻き立てるための技術である。いうなれば、このコントは動きと言葉の二段構えでもって、観客の想像を掻き立てているのである。でも、それだけならば、これまでのラーメンズのコントでもやっていたことだ。

ここで重要になってくるのが、「あやとり」である。シャンパンタワーとあやとりとロールケーキ』において、「あやとり」は唯一、実際に観客が存在を目で確認することの出来る場面だ。この場面で描かれているのは、二人でのあやとりを楽しもうとしているのに、言葉で上手く小林に指示を出せずにやきもきする片桐の苦悶である。結果、表現はより複雑に、緻密で、どんどんややこしくなっていく。その度に、先の「シャンパンタワー」の場面で見せていた、パントマイムや台詞回しのシンプルかつ秀逸な表現からかけ離れていく。それに比例して、どんどん面白くなっていく。洗練された表現力の笑いから、泥臭くて慌ただしい笑いへ。この構成の対比、逆転の流れが実に素晴らしい。「シャンパンタワー」と「ロールケーキ」の間に、この「あやとり」のくだりが挟み込まれることで、強弱のバランスが取れたコントとして成立するのだろう。

で、「ロールケーキ」である。この場面は、「シャンパンタワー」における“作ったモノが大き過ぎて通れない”という事態と「あやとり」における“上手く指示を出せずにやきもきする”という状況が掛け合わされた、全体の集大成のような内容になっている。また、これまで片桐が随所で作り上げていた巧みなあやとりが初めて完成しなかったり、あやとりに使用されていたヒモが思わぬ使われ方を見出されたり、構成面からもエンディングへの流れを感じさせられる。そして最後はくす玉で失敗、「シャンパンタワー」の直後を彷彿とさせる「フーッ」で終幕。ここでも構成が光る。

……と、これだけしっかりと全体の構成から表現方法、細かいボケに至るまで考え込まれているのに、これといったストーリーを見せることなく、しれっとバックヤードの状況だけで済ませてしまうところがニクい。否、構成が練り上げられているからこそ、それを大袈裟に見せようとしなかったのだろう。

もうちょっと細かい話をすべきところなのだろうが、今回はこの辺で。