白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

「あばれる君単独ライブ「うまれる君」」(2015年12月23日)

2015年9月25日・26日に恵比寿・エコー劇場で開催された公演を収録。

十年以上もの間、無秩序に若手芸人のDVDを収集するという珍奇な趣味に興じている私だが、わざわざ身銭を切る以上は、購入している作品に多少の期待を寄せている。例えば、その芸人がテレビでネタを披露していた場合、そのネタ相応のクオリティを期待する。……私に限ったことではないだろうが。

で、あばれる君だが、私は彼のことを割と評価している。『爆笑オンエアバトル』で披露していたコントは、どれも大好きだった。特に好きだったのが、蕎麦屋の出前が団地のどの部屋の住人が注文したのかが分からずに、頭を抱えてしまうコントだ。追い詰められてしまった人間の苦悩と葛藤、そして、最もダメな決断を下してしまうみっともなさが実にたまらなかった。

そういった理由から、本作に対してもそれなりに期待していたのだが……。驚くべきことに、まったくもって驚くべきことに、本作はまるで面白くなかった。日ごろ、なるべく芸人のネタに対して「面白くなかった」とは書かないように心掛けているのだが、今回は本当に驚くほどに笑えなかった。天下のワタナベエンターテインメントに所属している売れっ子ピン芸人の単独ライブが、どうしてこんなことになってしまったのか。

明確な原因は二つ。一つ目は「あばれる君らしいコントがなかった」こと。先にも書いたように、あばれる君のコントの魅力といえば、「苦悩」「葛藤」「みっともなさ」の三点だ。加えて、妙に熱のこもった台詞回しや印象的なBGMの挿入なども、彼ならではの味付けであると思う。しかし、本作に収録されているコントの多くは、それらの要素をまったく取り入れていない。無論、単独ライブは芸人にとっての独壇場なので、普段はやらないようなネタを披露しても問題はない。だが、彼ほどの知名度がある芸人が、普段のスタイルを取り入れたネタをまったく演じないというのは、些かサービス精神に欠けていると言わざるを得ないだろう。だが、これだけなら、大した理由にはならない。何故なら、普段はやらないようなネタがちゃんと面白ければ、それなりに好印象を残すことが出来るからだ。……つまり、二つ目の理由こそが、本作の致命傷であるということになる。

二つ目の理由、それは「詰めの甘さ」。正直、設定だけを見ると、それなりに面白いコントはあったのである。例えば、手首から糸が出る能力を授かった男が糸を処理する方法が分からずに困惑する『くもおとこ』、長寿日本一の村で暮らしている寺の坊主が敬老会の人たちに「生きているうちに葬式をやらないか」と持ち掛ける『坊主の頼み事』、家の屋根裏に住み付いて換気扇の役割を担っている一家のやりとりを描いた『屋根裏の吸人』などなど。いずれも、独創的とまではいわないにしても、掘り下げ方によってはちょっと面白くなりそうな設定だ。しかし本作に収録されているそれらのコントは、こちらの想定をまったく上回らない。最初に提示された設定から想像できる通りの展開とオチが待っている。

無論、コントの魅力は、斬新な発想だけで生み出されるものではない。例え、内容が浅薄であったとしても、それを補うだけの演技が出来ていれば、笑いを巻き起こすことが出来る。だが……それも出来ていない。そもそも、あばれる君のコントは、彼自身を反映しているかのような熱量の高いキャラクターを演じているからこそ笑いに繋げられていたのであって、多種多様なキャラクターは特に求められていないのである。何故、そこそこクセの強い設定の、そこそこ演技力を要するコントを本編の主軸にしてしまったのか。ヘアワックスを売り歩いている男の生き様を描いた『ヘアワックス屋』なんて、妙なキャラ付けをしない方がきっと面白かっただろうに……。

(これはあくまで余談だが、『坊主の頼み事』に関しては「それって普通に“生前葬”じゃないの?」という疑問が、『屋根裏の吸人』に関しては「屋根裏にこういう人たちがいるっていう世界観のコントじゃないの? 勝手に住み付いてるの?」という疑問が、それぞれ鑑賞中に湧いてきた。面白ければスルーしていたところだが、ウケが少ないと、どうしてもこういう粗が目立ってくる)

と、ここまで散々なことを書いてきたが、これは何も私の独断と偏見による身勝手な意見ではない。疑うのであれば、実際に本編を鑑賞してもらいたい。……きっと、ライブを鑑賞している観客の笑い声の少なさに、驚かされることだろう。明らかに笑いどころなのに、まったく笑い声が上がらない恐ろしさよ。あまりにもあんまりな内容だったので、スタッフロールで作家の名前を確認しようとしたら、掲載されていなかった。このコントを書いたのは誰だあっ!!

特典映像は「サイン色紙旅」。あばれる君が自分のサイン色紙だけを持ってヒッチハイクの旅に出るという企画が収録されている(ライブの幕間映像)。こちらはちゃんと面白かった! ヒッチハイクという偶然性の強い企画を遂行するため、素人相手にグイグイ食い込んでいくハングリー精神に満ち溢れ過ぎたあばれる君の姿がとても楽しかった。……このハングリー精神が、もうちょっとコントの方にも向かっていれば……。 

■本編【62分】

「オープニング:産まれる」「くもおとこ」「坊主の頼み事」「フラッシュモブ」「噛んだら暗転」「道案内」「屋根裏の吸人」「ショートコント」「聞き込み調査」「ヘアワックス屋」「強盗」「毒狸豆五郎」

 

■特典映像【27分】

「サイン色紙旅」