どうも、すが家しのぶです。
聞くところによると、今年で『爆笑オンエアバトル』『オンバト+』の終了から十年が経過したことになるらしいです。これだけの年月が流れてしまった後では、昨今のお笑いブームの礎を築き上げた番組としての『爆笑オンエアバトル』の功績をご存じではないお笑いファンも増えてきたのではないでしょうか。……そもそも現状を“お笑いブーム”としてくくっていいのかどうかという問題がありますね。でも、ゼロ年代のお笑いブーム以前なんて、バラエティ番組で若手芸人の姿を目にする機会が本当に稀少でしたからね。その頃を思い返してみると、今はまだまだしっかりお笑いブームの真っ只中ですよ。……まあ、その辺の話は、今回はどうでもいいことなんですけれども。
さて、『爆笑オンエアバトル』といえば、忘れてはならないのがチャンピオン大会ですね。一年間の戦績が高評価だった芸人たちが集められ、年間チャンピオンの座を競い合う一大イベントであります。ある意味、M-1やKOCでいうところの予選が、一年を通して開催され続けているようなものだということを考えると、その重みはなかなかのものといえるのではないでしょうか(芸人や所属事務所によって出場回数が異なる点については議論が重ねられるべきところでもありましたが)。そんな素晴らしきチャンピオン大会の第一回大会が開催されたのは、1999年8月のことでありました。当時の出場者は以下の10組です。
アンジャッシュ
アンタッチャブル
OverDrive
号泣
底ぬけAIR-LINE
テツandトモ
DonDokoDon
バカリズム
北陽/s
ラーメンズ
なんとも魅力的なラインナップですね。ちなみに当時、底ぬけAIR-LINEはピコ太郎のプロデューサーとして知られる古坂大魔王のコンビで、北陽/sは現在の「北陽」で、バカリズムは升野英知のソロプロジェクトではなくコンビとして活動していました。時の流れを感じずにはいられませんな。予選の結果、アンジャッシュ、DonDokoDon、テツandトモの三組が決勝戦に進出、最終的にDonDokoDonが初代チャンピオンに選ばれました。
……ところで、皆さんは第1回チャンピオン大会の出場資格をご存じですか?
先にも書いたように、『爆笑オンエアバトル』のチャンピオン大会へと出場するためには、その一年間で高い成績を収める必要があります。このルールは第4回チャンピオン大会から「一年間にオンエアされたキロバトルのうち、高い方から順番に規定の合計数で競い合い、上位に入ることが出来た者」と明確に整備されるようになります。ですが、第1回チャンピオン大会に関しては、「オンエア回数が三回以上の10組」としかアナウンスされていません。正直、ちょっとガバいです。つまり、後々のルールであればチャンピオン大会への出場資格があったにも関わらず、この時には出場していなかった芸人がいた可能性があるわけです。
というわけで、今回の記事では『爆笑オンエアバトル』第1回チャンピオン大会に出場しようと思えば出場していたかもしれないけれど、出場していなかった芸人について調べてみました。……要するに、25年前のことを蒸し返すわけですね。ヒマにも程がありますな。「初回から第1回チャンピオン大会までの期間にネタが三回以上オンエアされた芸人」について調べてみると、次のような結果になりました。
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