白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

「キングオブコント2019」(2019年9月21日)

・総合司会
浜田雅功ダウンタウン
葵わかな

・審査員
設楽統(バナナマン
日村勇紀バナナマン
三村マサカズ(さまぁ~ず)
大竹一樹(さまぁ~ず)
松本人志ダウンタウン

・大会アンバサダー
小峠英二(バイきんぐ)
西村瑞樹(バイきんぐ)

【ファーストステージ】
うるとらブギーズ

「催眠術ショー」。とにかく“喋っている相手と同じことを同時に喋ってしまう男”という設定が素晴らしい。奇抜な恰好や振る舞いで視覚的な刺激を与えるコントは少なくないが、これほど聴覚的な刺激に特化しているネタも珍しい。しかも、男がどうしてそのようなことになってしまったのか、理由が語られることはない。この不条理もたまらない。催眠術師以外の人間の台詞を代弁したり、催眠術師の台詞と同じことを喋った直後に自分の気持ちを声に出したり、ただ同じことを喋るだけだった筈なのにいつの間にか感情まで乗っかってきたり……と、設定の使い方も卓越している。対して、オチはかなりベーシック。シュールな味わいの設定なので、オチは敢えて分かりやすい方向にしたのだろう。個人的には、最初の催眠をかけたときの「細く細く細く細く……」のくだりがやけに面白かった。口をすぼめて開閉しているだけなのに、どうしてあんなに面白いのだろう?

ネルソンズ

「マネージャーの噂」。絶妙に滑舌の悪い和田まんじゅうの演じるキャラクターを軸としたコント。マネージャーに関する根も葉もない噂を巡って、友人と部活の先輩の間で小悪党のように振る舞う様を描いている。その様は、どことなくジャングルポケットのコントを彷彿とさせる。但し、完全に追い詰められて、にっちもさっちもいかなくなると、逆ギレして激情に駆られてしまう。単なるドタバタコメディのキャラクターでは終わらせない。ここにネルソンズらしさが集約されているように思う。とても面白かったが、一つ難点が。あまりにもキレ味の悪いオチが引っ掛かる。あんなにトリオが激しく動き回った後で、「先輩のチャックが開いていた」オチはあまりにもありきたりだ。せめて、全ての発端であるマネージャーの噂話に関するオチであってほしかった。

空気階段

「タクシー」。小ボケを連発するタクシー運転手と客のやり取りを描いたコント。とにかく構成が素晴らしい。一人目の客パートではシンプルなシチュエーションコントを展開させているが、二人目の客パートでは一人目の客パートに出てきたボケが再登場、先程のフリを回収するボケでしっかりと笑いを取っている。そして三人目の客パートで、一気にドラマチックなエンディングへと加速する。よく出来ている。一つ難点を挙げるとすれば、二人目の客パート以降、フリを回収する以外のボケが少なくなってしまったことぐらいだろうか。そして、そう考えると、あの世界観に浸れなければ、後半の展開は退屈に見えたかもしれない。置いて行かれたかもしれない。とはいえ、奇妙なストーリーとしてはとても魅力的だし、ただ笑わせることだけがコントの目的ではないようにも思うのだが……。個人的には、二人目の客が入ってきたときの不穏な空気と、それが一気に緩和された瞬間がたまらなかった。

ビスケットブラザーズ

「再会」。なんという瑞々しさだろう。野暮ったい男が舞台上に現れ、「ずっと上ばかり見て歩いていたら、まったく知らない街に来てしまった」と独り言を始める導入に、すっかり心を掴まれてしまった。とてもコントの台詞とは思えない。一片の詩のようである。そこでもう一人、似たような境遇の人間が現れ、二人は運命的な出会いを果たす。そして二人は、かつて愛し合っていたが親に結婚を反対され、街を飛び出して共に生きていくことを誓っていたが、あまりにも無力だった二人は人生に落胆して記憶に蓋をすることを決意したのだった……いや、テキストに起こしてみると、あまりにもドラマチックな展開だが、きちんと笑いどころもある。月日の流れを表すために二人が「春!」「夏!」「秋!」「冬!」などのように交互に口にする天丼のやり取りや、再び記憶に蓋をした二人が速攻で思い出すくだり、しりとりのくだりなど、とても笑える。しかし、それと同じくらい、とんでもなくエモい。当時、新海誠作品との類似性を指摘している人がいたが、確かに近しいものがあったように思う。これぞ令和時代のコントと呼ぶに相応しい。

ジャルジャル

「投球練習」。どんな人生を歩んでいれば、こんな設定のコントが思いつくのだろうか。声の周波数の関係で、一定の距離を離れてしまうと、日本語を話しているのに相手には英語のように聴こえてしまう人間のコントである。意味が分からない。うるとらブギーズのコントもナンセンスだったが、それ以上に発想の引っ掛かりを感じられない。とはいえ、そこからの展開は割とベタ。どれ以上離れると日本語から英語に切り替わるのか確認したり、英語に聴こえる声に対して英語で対応したり、観客の中に生じているであろう疑問点を適切に潰していく。この塩梅の良さこそジャルジャルの真骨頂といえるだろう。特に日本語が英語に切り替わるタイミングで英語を話し始めてみるシーンは笑った。こちらの疑問に答えると同時に、大喜利の回答としても正解を叩き出していたように思う。ただ、オチは中途半端というか、そこで終わってしまうのかと少し驚いた。ストーリー性のないシチュエーションなので、無理に落としても仕方がないという判断が働いたのだろうか。

・どぶろっく

「神への願い」。2700の『右ひじ左ひじ交互に見て』、ラブレターズの『西岡中学校』、にゃんこスターなどのように、楽曲の構成に則ったネタを披露するコンビは過去に何組か存在したが、今回のどぶろっくはそれらの集大成といえるのかもしれない。不治の病に倒れた母親のために薬を探している男が神様と出会うまでの行程をミュージカル調で丁寧に描き、最初の「大きなイチモツをください」で観客の心を鷲掴みにする。ここで失敗していれば惨憺たる結果になっていただろうが、どぶろっくというコンビがこれまでに培ってきた芸風のイメージが適度な期待感を生み出し、見事な大爆発を巻き起こす。後は流れに乗るだけだ。軌道修正を図ろうとする神と、それでも大きなイチモツを求めてしまう男の攻防が、正しい構成で展開する。とりわけ終盤、曲調を変えて男に「イチモツは大きさではない」と諭し始める神様の姿には爆笑させられた。しかし手堅い。あまりにも手堅い。

かが屋

「告白の日」。告白しようとしていた相手が待ち合わせ場所に選んだ喫茶店の閉店時刻になっても現れない……という顛末を先に描いて、そこに至るまでに起きていた出来事をフラッシュバックさせていくコント。フラッシュバックしている状況と現在の状況の差異が主な笑いどころで、そこだけを切り取るならば、あまりにも弱い。だが、舞台の画作り、表情や演技、ちょっとした台詞に至るまで、持てる全ての力をその一点にのみ集中していて、得も言われぬ迫力に満ちている。その根底に見えるのは、コントに対する異常ともいえるこだわりだ。正直、自慰的といえなくもない……が、とはいえ、この美しいほどに研ぎ澄まされた世界は、いずれ大輪の花を咲かすことになりそうだ。因みに、巷で言われているカレンダーや時間経過の描写については、まったく気にならなかった。数日に渡って、待ち続けている男のコントだと錯覚した人もいるらしい。是非とも、同じ日の出来事だと認識した上で、改めて鑑賞していただきたい。複数回の鑑賞に耐え得る鋼の力作である。

GAG

「彼女はお笑い芸人」。いわゆるポリティカル・コレクトネス志向のコントについて考えるたびに、GAGのことを思い出す。彼らのある種のコントは、(恐らくは意識的に)大衆の持つ偏見を炙り出しているからだ。その意味において、今回のネタは真骨頂といえるのかもしれない。美人ではないがブスとも言い難い見た目の女性が、自らをブスであると断定して笑いものになることで芸人として売れようとする姿を、一般人である彼氏の視点で描くことで、その異常な世界に身を置く悲哀を浮き彫りにしている。それでも悲愴感に満ちることなく笑いが起きるのは、決して彼氏に見せるような内容ではないネタを彼氏の前で堂々と披露する、清々しいほどのデリカシーの無さによるものだ(序盤、人としてきちんとしている姿を丁寧に描いているため、余計にその部分が際立つ)。しかし、このネタが素晴らしいのは、そのデリカシーの無いように思われた一連の行為が、全て仕組まれていたことがきちんと終盤で明らかになるところである。ここで、理不尽なネタがあくまでも理不尽であることを認識した上でやっていたことが分かり、安心させられる。そして迎えるキレ味の良いオチ。これからの時代における女性芸人の有り様について考えさせられる名作といえるだろう。もっと話題になっていいネタだと思う。ただ、個人的に一番笑ったのは、中盤でいきなり明らかになった元力士のくだり。こういうナンセンスなボケを放り込むことで緊張感を緩める技巧も、また素晴らしい。

ゾフィー

「腹話術謝罪会見」。痛快。この一言に尽きる。謝罪会見の場において、悪いことをしたとはいえどもマスコミ各社から厳しい声をぶつけられるタレントの姿に、少なからずフラストレーションを溜め込んでいた人ほど大笑いしたのではないだろうか。謝罪会見の場に腹話術人形を持ち込み、当人の口からは言えないような言葉を代弁させる設定が見事。とはいえ、ただムチャクチャなことを言っているだけではなく、謝罪会見の場で求められている言葉もきちんと提示できている点が興味深い。確かに、不倫行為を働いた人間が謝罪すべき相手は、マスコミや世間ではなく家族なのである。ここで浮き彫りになるのは、謝罪会見なるものの意味の無さだ。謝罪するタレント、糾弾するマスコミ、それ以上でも以下でもない虚無の時間が持つバカバカしさを、ゾフィーのコントは指を差しながら笑い飛ばす。だが、このコントを成立させられているのは、ボケ役である上田の腹話術人形の使い方の上手さがあってこそ。恐らくはこのコントのために身に付けた技術なのだろうが、まったく違和感がない。技術が高すぎて、技術を感じさせない。芸人としての本分である。

わらふぢなるお

バンジージャンプ」。とりあえず順番に泣かされた感がある。一つのパターンのボケに徹底して取り組んだかが屋、女性芸人に甘んじて受け入れているルッキズムの不穏さに切り込んだGAG、謝罪会見の持つ無意味さを全力でバカにした風刺色の強いコントを見せたゾフィーと、それぞれまったく違ったベクトルでディープな笑いに取り組んでいたユニットの後だと、それらに比べると正統派シチュエーションコントのスタイルを取っているわらふぢなるおのコントは些か物足りないように感じられてしまう。また、正統派のような立ち振る舞いでありながら、時折ヤバい表情を見せるふぢわらのボケに戸惑う瞬間も何度か見受けられたように思う。聞き流すにはブラックの度合いが強すぎるというか。序盤の「こんなんで飛んだら死んじゃいますよ」のくだりで引いてしまった人も少なくなかったのでは。そして、そんな客の気持ちを、最後まで取り戻せなかったように感じられた。後半のふぢわらが命を無駄遣いするようなジャンプをやり続けるくだりも、ハマれば間違いなく面白かった筈なのだが。恐怖が勝ってしまったのだろう。ただ、個人的には、そういったナイーヴな側面ではなく、バンジージャンプに使用しているロープが明らかに細すぎるところが気になって仕方なかった。あんな細いロープで飛べるわけがない。なのに、そこについてはツッコミが入らないから、妙なしこりが最後まで残ってしまったというか……。

【結果】

1位 480点 どぶろっく
2位 462点 うるとらブギーズ
3位 457点 ジャルジャル
4位 457点 GAG
5位 452点 ゾフィー
6位 446点 ネルソンズ
6位 446点 ビスケットブラザーズ
6位 446点 かが屋
9位 438点 空気階段
9位 438点 わらふぢなるお

ジャルジャルGAGは同点だったが、決選投票の結果、ジャルジャルのファイナルステージ進出が決定。こうして見ると、どぶろっくにつけられた点数の高さに驚かされる。二位のうるとらブギーズと18点差。このうるとらブギーズと同着六位のネルソンズビスケットブラザーズかが屋が16点差であることを思うと、あまりにも高い。ファイナルステージとの合計点で競い合うのだから、もう少し落ち着いた採点をすべきだったのではないか。

【ファイナルステージ】

ジャルジャル

「空き巣」。設定そのものはベーシック。空き巣に入った男が家主に見つかり、咄嗟に知り合いであるかのように立ち回る。本来ならば、会話を重ねていくうちにボロが出そうなものだが、何故か空き巣のテキトーな言動が家主が思い当っている人物の言動にぴったり合致してしまう。担任のあだ名や持ちギャグなど、ここでもジャルジャルの塩梅の良さが光ってはいるものの、彼らの最大の魅力である純度の高い狂気は控えめ。オチは悪くないが、「空き巣の入った家が実は空き家だった」ことがあまり観客に伝わっていなかったように思う。

うるとらブギーズ

「実況席」。実況アナウンサーと解説員がちょっとした雑談で盛り上がってしまって、肝心の試合をきちんと見られない……という仕掛けだけで乗り切っているコント。演技も上手いし、構成も巧み。相手チームにゴールを決められて喜ぶ姿は、想定の範囲内ではあったが笑った。雑談の内容の下らなさも絶妙。……ただ、ナンセンスな設定で楽しませてくれたファーストステージでのネタの後であることを思うと、あまりにもきちんと作られ過ぎていて、意外性という点では弱いように感じられた。あと、個人的に、かつてマセキ芸能社に所属していたお笑いコンビ、ホーム・チーム(1996~2010)が同じく実況席が舞台のコントで似たようなくだりを展開していたことを思い出してしまったため、余計にオリジナリティの希薄さが引っ掛かってしまった。

・どぶろっく

「金の斧」。基本的にやっていることはファーストステージと同じ。但し、先程は神様を演じていた森が山男に、先程は男を演じていた江口が神に、それぞれ立場を交換している。これにより、大きなイチモツは求められるモノではなく授けられるモノとなり、より迷惑度の高い内容に様変わり。とはいえ、男が望むものが“母を治す薬”から“家族を養うための斧”へとシリアス度を下げているため、ストレスを感じることはない。この辺りの配慮が意外と大事。惜しむらくは、終盤で男が手のひらを返して大きなイチモツを求めるくだりで、森が歌声に気持ちを入れてしまったこと。あそこはファーストステージで江口がやったように、あまり感情を含ませない方が面白さを伝えられたように思う。結果的に「見積もりを出してください♪」のバカバカしさがあんまり伝わっていなかったような。勿体無い。

【結果】

1位 480点+455点=935点 どぶろっく
2位 462点+463点=925点 うるとらブギーズ
3位 457点+448点=905点 ジャルジャル

ファーストステージで高得点を叩き出したどぶろっくが逃げ切って優勝!

【思ったこと】

出場者は全組面白かった。優勝のどぶろっくから最下位のわらふぢなるお空気階段に至るまで、全てのコントが面白かった。ただ、それでも全体的に盛り上がりに欠けたのは、ファイナルステージに進出した三組が、三組とも二本目のコントで右肩下がりになってしまったためだろう。仕方のないことではある。決勝進出を果たした十組のうち三組しか二本目のコントを演じる権利を得られないのだ。そうなると確実に評価される勝負ネタを一本目に用意するのは自明の理というもので、二本目で盛り上がりに欠ける確率はどうやったって上がってしまう。十組全員に二本やらせてほしいとまではいわない。せめて五組ぐらいに戻してほしい。

それから、わらふぢなるおの審査コメントで、松本人志が「ちょっと色々見すぎちゃったのよ、私たち」と話していたことも、無視してはいけないと思う。松本を断罪せよ、と言いたいわけではない。実際問題として、一気に十組のコントを視聴して、具体的に採点するのは大変なことだろう。M-1も同様に十組の漫才師を一気に審査しているじゃないか、と思われるかもしれない。しかし、漫才にはある程度の形式が存在しているのに対し、コントは完全にオリジナルの創作物だ。それを見て、意図を理解し、自分の中で消化する際の苦労はより大きいに違いない。しかも、これから審査しなくてはならない芸人に関する情報は、その場でいきなり発表されるのだ。審査員に掛かる負担が尋常ではないことは想像に難くない。ここも旧来の八組に戻した方が良いだろう。ついでに八組全員に二本目をやらせてくれるとなお宜しい。シークレットも撤廃してしまえばいい。

審査員についても不満はある。準決勝敗退組による投票審査に戻せとは言わないが、せめて現行の審査員に増員してもらいたい。松本人志、さまぁ~ず、バナナマンの審査を否定するつもりはないが、既にベテランの域に達しているにもかかわらず舞台でのコントにこだわっている芸人が少なくない今、テレビタレントとしての活動に特化している彼らの審査だけでは不十分ではないかと思うのである。現在、M-1の審査員に、かつて決勝戦の舞台に立ったことのある中川家礼二やナイツ塙が起用されているのだから、ここにもかつてのファイナリストが召喚されてもいいのではないか。個人的には、飯塚悟志東京03)とか、岩崎う大かもめんたる)とか、じろう(シソンヌ)が呼ばれると、大変に喜ばしい。コメント力があるかどうかは分からないが、信用は出来る。

以上、ご査収くださいますよう、お願い申し上げます。誰かに。