白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

「シソンヌライブ[sept]」(2018年10月31日)

キングオブコント2014」王者のシソンヌが、2018年8月1日から26日にかけて赤坂RED/THEATERで敢行した単独公演(全30公演)の模様を収録。作・演出にじろう、作・演出補に今井太郎、監修にオークラ。

割田康彦による格好良い音楽と荒川ヒロキによるクールな映像が見事な合致を見せるオープニングを経て、始まる一本目のコントは『代わりに読んで』。“この小説がムカつく”という書店のコーナーで購入した本の内容があまりにもムカついて読み進められないというじろうが、友人の長谷川に代わりに読んでもらって、物語の顛末を知ろうとする。あまりにもムカつき過ぎて、物語の世界に埋没してしまうじろうの狂乱ぶりを描いたコントだ。無論、書店にそんなコーナーは存在しないし、ここまで物語にのめり込んでしまう人などそうは居ないだろう。だが、ムカつくことが分かっているから読みたくないのに、どうしても内容が気になってしまって仕方がない……というじろうの姿は、自分とは無関係なニュースにやたらと腹を立てているネットユーザーを彷彿とさせた。怒りのエンターテインメント化がもたらす不穏な空気。そこには笑いだけではない何かが描かれているように思えた。

続いてのコントは『車に乗るな』。ドライブに出掛けようとしている老人(長谷川)の前に、自転車に乗った老人(じろう)が現れ、車庫から車を出さないように道を塞いでしまう。この老人、実は「貴様のような年寄りは車に乗るな」という理由から、近所の老人から免許証を没収して回っていて……。老人による交通事故が後を絶たないという事実を理由に、とんでもない暴挙に打って出る老人を描いたコントである。当時の時点では、じろうの言い分も長谷川の言い分も理解できるものだったのだが……いわゆる“東池袋自動車暴走死傷事故”が起こってしまった今となっては、じろうの言い分に共感する人の方が多いのではないだろうか。しかし、そのような状況だからこそ、このコントに根付いている怒りの危うさをよりリアルに感じ取ることが出来る。じろうの言い分は正しいだろう。間違っていないだろう。とはいえ……。

しかし、ここからコントは、全体的にバカバカしいトーンを強めていく。舞台で痴漢をやってしまう女性を演じるため、役になりきって実際に痴漢をしてしまった女優のアヴァンギャルドな立ち振る舞いと、それを理解する優しい駅員のやり取りが可笑しい『成美と百花』。特殊な場所で小料理屋を開いた料理人が、その特殊な環境を活かした料理で師匠の舌を唸らせて鼻を壊しかける『割烹SHU』。シソンヌライブではお馴染みのキャラクターとなっている野村くんがアイドルのオーディションを受ける『野村くん、オーディションを受ける』。いずれのコントにおいても、共通してじろう演じるトリッキーなキャラクターたちが、長谷川演じる人々によってツッコミは入れられるものの冷静に受け入れられている。この否定されない世界観がとても愛おしい。特に『野村くん~』は、過去の公演での扱いを思うと涙なしには見られない。

そして最後のコント『カメラマンとアシスタント』が幕を開ける。これがとにかく衝撃的だった。舞台はとある映像の撮影現場。職人気質のベテランカメラマン(長谷川)と若い女性アシスタント(じろう)の軽妙なやり取りが繰り広げられる。明るく陽気にボケまくるアシスタントに対して、カメラマンも当初は楽しそうにツッコミを入れる。パワハラめいた発言に対し、アシスタントが冗談半分に「訴えます!」と軽口を叩く場面も。しかし、いざ仕事が始まると、ベテランカメラマンも厳しい顔を見せるように。それでも態度を変えようとしないアシスタントに段々と苛立ちが募り、最終的には大声をあげて怒りをぶつけてしまう。それでも挫けず、陽気なリアクションを取り続けるアシスタント。ところが、一連のやり取りの後、撮影を開始した直後にボソリと「やっぱり訴えます!」と呟き……。

とにかく据わりが悪いコントなのである。ベテランカメラマンの言動がパワハラになっていた点は否めないのだが、かといって、アシスタントの方が絶対的に正義というわけでもない。むしろ、その真意が明らかになればなるほど、理解から遠のいていく。不可解で不気味で落ち着かない。正解が分からない。どうすれば許されるのかが分からない。ただただ惑わされる。この感情を激しく振り回される感覚がなんともたまらない。是非とも各々で振り回されてほしい。

これら本編に加えて、特典映像として『野村くん、オーディションを受ける』で少しだけ触れられた野村くんのテレビ出演の様子を描いた『野村くん、街頭インタビューにつかまる』と、ライブのエンディングでも流れた野村くんのミュージックビデオ『野村のまさのひろ「Tsuyu~梅雨~」Music Video』歌詞付き・ノンクレジットバージョンが収められている。『Tsuyu~梅雨~』はコント用に作られたとは思えない刹那な感情の溢れ出た名曲なので、是非。

・本編【99分】
「代わりに読んで」「車に乗るな」「成美と百花」「割烹SHU」「野村くん、オーディションを受ける」「カメラマンとアシスタント」

・特典音声
「シソンヌライブ[sept]」オーディオコメンタリー

・特典映像【6分】
「野村くん、街頭インタビューにつかまる」「野村のまさのひろ「Tsuyu~梅雨~」Music Video」