白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

「ラバーガールLIVE「大水が出た!」」(2016年10月26日)

2016年8月17日・18日に座・高円寺2で行われた単独ライブを収録。

近年、「シティボーイズミックス」「男子はだまってなさいよ!」などの舞台を手掛けてきた細川徹を作・演出に迎えたライブ【ラバーガール solo live+】を行ってきたラバーガールだが、本公演では四年ぶりに二人だけで作り上げたコントが披露されている。そのためか、ここ数年の公演にほんのりと漂っていた哀愁のようなものが、本作からはすっかり失われている。残されているのは、純然たるナンセンスな笑いだけだ。この点をどう評価するかは、好みによって分かれるところだろう。私は正直なところ、細川徹演出も嫌いじゃないので、初見時には少しだけ物足りなさを感じてしまった。だが、しばらく時を置いて、改めて本作を鑑賞して見たとき、その揺るぎない狂気性に気付かされた。はっきり言って、本編のコントに登場する大水は、どいつもこいつも危うい。人間として根本的な部分が欠落したヤバさがある。

その傾向は、オープニングコント『大水が出た!』の時点で、早くも顕著に表れている。夜中に「大水が出たぞーっ!」と叫びながら、飛永の家を訪れる大水。ここでいう「大水」とは、比喩でも便宜上の表現でもない、純粋な「大水」である。自分が、自分の家に、自分が出てきたから、慌てながら「大水が出たぞーっ!」と叫んでいるのである。真夜中に。実にヤバい。そんな大水の相手をしてあげている飛永のなんと優しいことか。しかし、このコントの真の恐ろしさは、お互いに何も進展しないところにある。大水が自身の間違いに気付くこともなければ、よりヤバくなることもない。ただ、純粋無垢にヤバい大水が、「大水が出た!」と伝えるためだけに飛永の家を訪れ、そして去っていくだけである。何のストーリーもない。だからヤバい。

以降のコントも揺るぎなくヤバい。値段が“時価”の寿司屋を訪れた飛永が、お会計の際に提示された金額に驚かされる『時価の店』は、とにかくオチがヤバい。オチに至るまでの行程もそれなりにヤバいのだが、最後の最後に発せられる、大水演じる寿司屋の大将の呟きの悪意の無さがヤバい。あまりにも自然に気持ちを声に出しているので、余計にヤバさが引き立っている。ハワイ旅行の準備をしていた大水が、出発の予定日を勘違いしていたことが発覚する『ハワイ旅行』は、それでもまったく動じずに、その勘違いすらも旅行の醍醐味として楽しもうとする大水の感覚がヤバい。もとい、全体を通して、どうして大水がハワイ旅行に出かけようとしているのか、その理由がまったく分からない。通常、旅行というのは、行きたいから行くのではないのか。旅先ならではの場所やお店を巡ることに喜びを覚えるものではないのか。それなのに、大水はハワイでの時間の大半をホテルで過ごし、食事をココイチ丸亀製麺で済ませようとしている。ある意味、大物感があるということなのか。どうなのか。いずれにせよヤバい。

これらのネタの中でも、とりわけヤバさが引き立っていたのが『レビュアー』。グルメ雑誌のコーナーで取り上げられることになった、食べログの人気レビュアー・大水。それに伴い、雑誌の記者(飛永)からインタビューを受けるのだが、「金銭的に大変だったりしませんか?」という記者の質問に対し、大水は驚くべき回答を提示する。他のコントに登場する大水は、あまりにも現実離れし過ぎしていて、ちゃんと笑いを生み出す存在として描かれているのに対し、このコントに登場する大水はリアルにヤバい。何がヤバいって、こういう人が実際に食べログに居そうなところがヤバい。否、食べログどころか、ありとあらゆるSNSに存在していそうなところがヤバい。その行為に悪意も何もなく、本当に読者のためだけを考えているというあたりもヤバい。金銭や自己顕示欲を目的としていないところがマジでヤバい。でも、そういう人もやっぱり、今の時代のインターネットの世界には何人も居そうな気がする。うーむ。ヤバいというか、もはやコワい。

ただ、ラバーガールの真のヤバさが最も表れているのは、オーラスのコント『結婚』だ。結婚式を明日に控えている新郎の飛永と友人の大水が、式当日のことをざっくりと話し合っているのだが、その内容は常に何処かが間違っていて、なのにどちらもツッコミを入れようとせず、延々とボケだけが積み重ねられていく。単独ライブのオーラスのネタといえば、ちょっとドラマティックで人情味溢れるストーリーを構築した長尺コントになりがちだが、ここでラバーガールはツッコミ不在のボケフルスロットルコントを演じている。ボケとツッコミの組み合わせの方が間違いなく安定して面白いコントになる筈なのに、敢えてそれを選ばない。このコント師としての姿勢がヤバい。素晴らしい。こういう、一見するとスタイリッシュだけれど、実はコント師としての芯の強さがあることを見せつけられると、なんだかとても嬉しくなってしまうのは私だけだろうか。私だけか。うむ。

……と、いうわけで、水曜日である。記事が更新されるのは木曜日だろうが、書いているのは前日の水曜日である。今回、過去三回と違う構成の文章になったのは、以前に書こうとして頓挫していた本作のレビューの書きかけ文が残っていたためだ。導入だけ書いていたため、そこを残して、後半部分を一気に書き殴った。いつも文章の導入部分に頭を悩ましているので、今回はとても楽に書けた。ありがとう、当時の私。

ちなみに、ラバーガールは既に新作『ラバーガールLIVE「シャンシャン」』をリリースしている。こちらもいずれレビューしたいと思っているのだが、果たしていつになることやら。

■本編【82分】

「大水が出た!」「時価の店」「クイズ!何のお寿司を食べたでSHOW!」「引っ越し」「眠い」「ハワイ旅行」「MCバトル」「アハ体験」「レビュアー」「聞いてくれよ」「夢」「結婚」

■音声特典

ラバーガールによる副音声コメンタリー