白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

「ナイツ独演会 味のない氷だった」(2018年1月31日)

ナイツ独演会 味のない氷だった [DVD]

ナイツ独演会 味のない氷だった [DVD]

 

2017年10月から11月にかけて全国九か所を巡った独演会ツアーより、横浜にぎわい座での公演を収録。

まずは表パッケージを確認。ビッグフットに扮した二人が、雪山の頂上に突き立てられた巨大なかき氷をスプーン型ストローでしゃくっているイラストが描かれている。ライブのチラシにも使用されていたこのイラストは、前作と同様に漫画家のルノアール兄弟が手掛けたものだ。サブカル界隈でその名を目にすることの多いルノアール兄弟と、浅草を中心に活動している寄席芸人のナイツにどのような関係にあるのかは知らないが(なんとなくは分かるけれど)、この妙にアンバランスな組み合わせが実に味わい深い。ちなみに、このイラストの元にもなっているライブタイトルは、過去の独演会と同様、彼らの師匠である内海桂子のツイートから抜粋されている(そのツイートの具体的な内容に関しては、本編の中で言及されているので、各々でご確認いただきたい)。

続いて、裏パッケージを確認。本公演の概要が長々と記載されている。概要なのに長いとはどういうことだ。それによると、どうやら2017年は塙がヤホーで調べてきたいい加減な知識を延々と喋り続ける“ヤホー漫才”のスタイルが誕生して、ちょうど十周年を迎える年になるらしい。あのショートネタブームをつい先日のことのように捉えている身としては、隔世の感を禁じ得ない。そこで本公演では、過去にナイツが作り上げてきた“ヤホー漫才”の全てのテーマを並べ立てて、その中から観客が観たい“ヤホー漫才”をリクエスト、即座にナイツがネタを披露するという企画「祝!ヤホー漫才10周年」が行われているとのこと。

心ゆくまでパッケージを楽しんだところで、いよいよ本編を再生。お馴染みの中津川弦による前説で幕を開けてからは、微塵の歪みも見られない珠玉の漫才が次々に披露されていく。否、冷静に見つめてみると、塙がまるで自らが2017年の様々な事件の主要人物であったかのように話し始める『2017年をヤホーで調べました』も、塙のエピソードトークの中にある特定のワードが散りばめられていることが発覚する『笑棋』も、土屋が歌い上げる名曲の歌詞に対して塙が的外れなツッコミを入れていくナイツの新手法に新たな展開が生まれる『私がオバコンになっても』も、手法だけだと完全にトリッキー。そこらの若手漫才師が同じことをやったとしても、大した笑いには繋げられないだろう。『私がオバコンになっても』に至っては、演ったら怒られるかもしれない。だが、ナイツの場合、確かに培われてきた漫才師としての話術があるため、このような悪ふざけのようなネタでも漫才として成立させられてしまう。かつて「大阪人の界隈はそのまま漫才になる」という都市伝説があったが、ナイツはもはやその領域に達してしまっていると言ってもいいのかもしれない。実に恐るべき技量である。

とりわけ、その芸の凄まじさを感じさせられたのが『MURO・ん…○っぽい』。タイトルは冗談のようだが、内容は冗談じゃ済まされない。その内容とは、いつもの土屋のツッコミに飽きてしまったという塙が、まったく新しいツッコミをやってほしいと頼み込むのだが、結果的に見覚えのある漫才スタイルになってしまう……というもの。この再現性が大変に良い。寸前までナイツの漫才をやっていた筈なのに、次の瞬間には、その漫才師のスタイルのトーンになってしまっている。否、それだけならば、練習すればなんとか出来ることなのかもしれない。だが、ナイツの場合、その漫才師のスタイルを始めてしまっていることを観客に気付かせるまでの時間が、とんでもなく短いのである。これはつまり、ナイツが如何に他の漫才師のネタを研究し、感じ取り、その漫才の最も個性となる部分を最低限に切り取れているかということでもある。それも「スゴい!」ではなく「面白い!」「笑える!」に転化して。しれっとやってしまっていいことではないのである。まったく。

なお、本公演では披露されていた『青春ワイプ』が、本編には収録されていない。実在の人物の似顔絵などが使われているネタなので、ちょっと版権的に難しかったのかもしれない。ただ、その代わりに、各公演で一本ずつ披露されていた日替わり漫才が二本収録されている(『レストラン』と『夢芝居』)。そのことに不満はないのだが、日替わり漫才は他の芸人に台本を書いてもらっているようなので、誰が書いたネタだったのかは教えてもらいたかったような気もする。

あと、少しだけ残念だったのは、パッケージ裏であれだけ大々的に盛り上げようとしていた“ヤホー漫才”企画が、本編に収録されている横山にぎわい座で撮影された映像しか収められていなかったこと。折角の十周年なのだから、各地のヤホー漫才をダイジェストで収録するというような、ちょっと特別な映像を付け足しても良かったのではないか。少なくとも私は、特典にそういった映像があるものだと思っていた。連続性のある企画なわけだし……。

そして最後は“お楽しみ”。毎回、独演会では、ナイツの漫才以外のパフォーマンスを楽しめる“お楽しみ”の時間が設けられている。今回の“お楽しみ”は、芸人・ミュージシャンのはなわが2017年にリリースした感動の名曲『お義父さん』を使って、実の弟である塙がとある人物のことを替え歌にして歌い上げている。無論、面白おかしい歌詞になっているのだが、そのあまりにも壮絶な内容は笑っていいのか少しだけ迷ってしまう(そのあまりにもあまりな内容のため、浜松公演でゲスト出演していたニッチェの江上が泣いてしまっている姿を特典映像で確認できる)。トールケース内に歌詞カードも収められているので、カラオケで歌ってみてはどうだろうか。オススメはしないが。

これら本編に加えて、特典映像として「Documentary of ナイツ独演会 味のない氷だった」を収録。文字通り、ライブツアーを追ったドキュメンタリーなのだが、こういった特典にありがちなプライベートな映像などが殆ど収められておらず、ちょっとだけ物足りない。とはいえ、サンドウィッチマンのライブツアーにサプライズで登場したシーンや、ゲストとして出演したぼんちおさむと幕で軽い雑談を交わしているシーンなど、思わず目を見張るシーンもあって、なんだかんだでしっかりと楽しんでしまった。

というわけで、今回も満足度の高い作品を提供してくれたナイツだけれど、編集次第ではもうちょっと魅力的な作品になりそうな気もして、なんだかもどかしい。漫才師としてはかなり素晴らしいところまで上がり切っているので、あとは彼らを支えるスタッフ次第なのだろう。ただ、そのアンバランスさが、ある意味では魅力的といえるのかもしれない……でも、もうちょっと、映像ソフトとしての精度上げてもらえると助かります。よろしくお願いします。

■本編【93分】

「2017年をヤホーで調べました」「MURO・ん…○っぽい」「笑棋」「レストラン」「祝!ヤホー漫才10周年」「私がオバコンになっても」「夢芝居」「小さな協会」「お義父さん」

■特典映像【23分】

「Documentary of ナイツ独演会 味のない氷だった」