白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

「タイタンシネマライブ」(2017年10月13日・高知)

10月13日、午後6時。

私は激しい雨が降り注ぐ高知自動車道を愛車で走り抜けていた。愛媛県四国中央市川之江ジャンクションから高知県高岡郡四万十町へと続く高速道は、四国のど真ん中に入ったひび割れのように繋がっている。その途中、四国山地を縦貫するルートにおいて、まさしく豪雨に遭遇してしまった次第である。否、日常生活の中で出くわしたのであれば、脅威とも猛威とも呼べない程度の雨ではあった。しかし、ただでさえ頼りとなる灯りの限られた山間部での走行において、その雨はフロントガラス越しの視界を遮るには十二分だった。もはやそれは恐怖そのものである。

何故に、善良なしがない一般市民である私が、かような酷な目に合わなくてはならないのか。強くハンドルを握っている私の脳裏には、あの男の姿が浮かんでいた。

今年の8月25日。その日も私は高知自動車道を走り抜けていた。この日のタイタンライブにおいて、ゲストとしてビートたけし……もとい落語家の“立川梅春”が高座に上がるという情報を手に入れていたからだ。好事家ならば見逃せない絶好の機会である。だからこそ、タイタンライブの模様を生中継する“タイタンシネマライブ”を配信している直近の映画館であるTOHOシネマズ高知を目指していたのである。ところが、ライブ直前になって、梅春が多忙を理由に出演をキャンセル。しかし、この時「次回は必ず出演する!」との告知があり、そこで私は次もまた観に行かなくてはなるまいと固く誓ったのである。

そして、当日を迎えたわけだ。

TOHOシネマズ高知を有するイオンモール高知に到着した頃、時刻は午後6時半を過ぎたところだった。上映まで一時間ほどの余裕があったが、油断は禁物である。すぐさまチケット売り場へと移動し、販売機からチケットを引き出す。周りの客のリアクションが気にならないように、最前列の席を陣取った。後は上映時刻まで時間を潰すだけである。幸い、多種多様の店舗が居並ぶショッピングモールにおいて、それはあまりにも容易なことだった。書店を回ったり、CDショップを眺めたり、楽器屋で試し弾きをしようとして躊躇したり……ああだこうだとやっているうちに気が付けば開演五分前となったので、映画館へと飛び込んだ。最前列の席はスクリーンがとても近かったが、鑑賞が苦になるというようではなかった。むしろ、前列の客を気にしなくても良いので、足をとことん伸ばすことが出来て、とても快適だった。

午後7時半、開演。

ゆりありく「BAR」

ウエストランド「漫才:顔芸」

脳みそ夫「温泉お化け・お湯うれい」

XXCLUB「漫才:道に迷っている外国人」

トップリード「コント:娘さんをください」

長井秀和「コント:池○大○の霊言」

日本エレキテル連合「コント:日本の明日を考える」

パックンマックン「漫才:MANZAI、マックンの英語力」

BOOMER「コント:演歌歌手ジュンジョウジ」

友近「スタイリスト マイコ」

爆笑問題「漫才:小池百合子、給食トラブル、ノーベル文学賞、芸能界の出来事」

立川梅春「落語:大工調べ」

ゆりありくはBARのマスターを演じているりくにゆりあが恋の相談を持ち掛けるコント。アラフォー女性が猿に恋の相談をしているという画だけで、たまらなく面白い。ウエストランドは井口が「世の中は全て顔芸なんだよ!」という持論を展開する漫才。普段の卑屈な漫才とは少し違った趣向のネタで、一定の面白さはあるのだが、とはいえ井口にはもっと歪んだ主張をしてもらいたいと思ってしまうのはファンのエゴというものだろうか。脳みそ夫は音楽を用いたキャラクターコントで、普段のネタよりも漫談の色合いが強いネタ。ちょっとスベッていたが、それに戸惑う姿もまた面白い。XXCLUBは初見。コミカルなビジュアルの大谷小判に対して、斜に構えた態度の大島育宙がロートーンなボケを繰り出すスタイルの漫才で、とても面白かった。あんなに故意犯的なボケも珍しい。

一組目のゲスト・トップリードは、彼女の父親に「娘さんをください!」と懇願するも断られるたびに、時間を戻して失敗を修正していくコント。名作『先行く男』もそうだったが、トップリードはこういったSF的な要素をあまりにも小さくて狭い空間の中に盛り込んだネタがとても上手い。ただ、世界観だけではなく、展開そのものも広がらずに、設定の中に収まり過ぎてしまっているきらいがある。この面白さをもっと世間に知ってもらうためにも、更なるブラッシュアップを目指してもらいたい。長井秀和はいつもの漫談スタイルではなくコントで創○学○をイジり倒す。ネタの内容は相変わらずだっただ、表情にかつてのギラギラ感が取り戻されていたのが少しだけ気になった。立川梅春の登場に気持ちが引き締まったのだろうか。日本エレキテル連合は討論番組で激論を交わす男女を皮肉たっぷりに描いたコント。あからさまな差別を含んだボケが発せられるたびに、自分の差別心を確認させられて、なんとも不思議な気持ちにさせられた。今のタイミングで、このネタを引っ張り出してきた意味について、少し考えてしまう(けっこう昔のネタなのである)。

二組目のゲスト・パックンマックンは大半を英語のやりとりで占めたしゃべくり漫才。英語なのに不思議と内容が理解できる、その絶妙なバランスを保った技巧がたまらない。英語における「and」の使われ方について言及するくだりは、深く感心させられた。普段はプリンプリンと合同コントを披露することの多いBOOMER、今回は単独で登場。伊勢のどうしようもないキャラクターに対して、ダミ声の河田の味わい深いツッコミが絡み合う様が、どこまでも渋い。今の時代にはまったく適さないが、合間にこういうコントが盛り込まれると嬉しい。友近はおしゃれな雰囲気の番組に出演しているスタイリストのコント。ファッション用語に対する皮肉と言葉遊びが同時進行で繰り広げられるスゴさをまったく感じさせない、その恐ろしさを再認識。否が応でも笑わせられる徹底した強さよ。爆笑問題はお馴染みの時事漫才。「おはよう、たけしで すみません」の話題に始まり、小池百合子解散総選挙から給食トラブル、ノーベル文学賞の話題から何故か太田がドラマ版『消えた巨人軍』について熱弁するというバカバカしさ。そして終盤は、あびる優清水良太郎安室奈美恵の引退、新しい地図と芸能ニュースで畳み掛ける。最高の漫才だった……が、どうしても意識はこの後の人に……。

爆笑問題の漫才が終わると、舞台は暗転。荘厳な音楽が流れる中で、真っ暗な闇の中をスタッフが高座を組み立てている様子がほんのりと映し出されている。それらの作業が終わると、画面に浮かび上がる立川梅春の文字。やがて明転。出囃子「梅は咲いたか」が流れ始め、そして……舞台袖から、あの男が登場する。ビートたけしだ。ホンモノだ。否、今は立川梅春だ。本当に落語を演るのか。高座に上がって、座布団に座り、深く頭を下げる。まずは「おはよう、たけしで すみません」に出演しなかった回の話から。既に伝え聞いていた話だが、それでもとことん面白い。それから猥雑な小噺へ。ありとあらゆる下半身にまつわるジョークの連発は、今は亡き家元へのトリビュートのよう。更に話題は映画関係のエピソードへ。大島渚監督の映画に対する熱意が故にブッ飛んだ指示の数々を紡いでいく。

これらのマクラを経て、古典落語『大工調べ』へ。溜め込んだ家賃の代償に大工に必須の道具箱を大家に取り上げられてしまった与太郎。家賃を払えば返してくれるというので、見かねた棟梁が代わりにお金を出してくれようとするのだが、僅かばかり足りない。まあ、大半を払うのだから、少し足りないぐらいなら「あたぼう(当たり前ェだベラボーめの略)だ」と与太郎に言い聞かせ、大家の元へと向かわせる。ところが、大家はそのお金を受け取っておきながら、僅かに足りないからと道具箱を返してくれない。泣く泣く棟梁の元へと戻る与太郎。仕方がないので、今度は二人で大家の元へと向かうのだが……。棟梁が大家に向かって啖呵を切るくだりが話題になっているように思うが(実際そこがこのネタの見せ場ではある)、個人的には与太郎のヌケた態度に見入ってしまった。とにかく愚鈍で気が利かない。でも、その姿が妙に愛らしい。思えば、この棟梁と与太郎の兄弟分のような関係性は、たけし映画で少なからず見かけたような気がする。そして話は、通常は「つまらない」という理由からカットされがちなお白州のシーンへ。ここで梅春は悪ふざけで敷き詰めることで退屈さを回避、最後は強引に『三方一両損』にしてしまうというバカバカしさで走り抜けていった。

エンドトークは、出演者たちと梅春で。裏で梅春が友近ゆりありく・ゆりあだと勘違いしてしまい、やたらと馴れ馴れしい態度に「なんだコイツ」と思ったらしいという話がとてもバカバカしい。この他、初対面のトップリードに人見知りしたり、BOOMERを「ボキャブラ天国」で見た記憶があると話したり、軽妙な挨拶を繰り出す脳みそ夫に戸惑いを見せたり、梅春と芸人たちのやりとりがいちいち面白かった。

午後9時40分、終演。

ライブの興奮冷めやらぬまま、車に乗り込んで移動。以前から気になっていたつけ麺屋で夕食を取ろうと目論んでいたからだ。スマホのナビ機能を立ち上げ、音声案内に従いながら、夜道をしなやかに抜けていく。午後10時半、「つけ麺屋ちっちょ」にて夕飯を取る。高知では一番美味しいという噂を聞いていたのだが、そこまで魅力的な味でもない。ただ、妙に尾を引くところがあるので、ハマる人はハマッてしまうのかもしれない。

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食後、今宵の宿である「ホテルタウン錦川」へ移動。宿泊代と駐車場の使用料を合わせて3,500円というのは破格ではないだろうか。一瞬、コンビニに出かけておつまみを購入、ホテルに戻って事前に購入しておいたアルコール飲料とともに楽しむ。午前3時就寝。

続く。