白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

「髭男爵 単独舞踏会「ボンジュール~お姉さんのロンドン留学の話がなくなってもいいのかい!?~」」(2008年12月24日)

髭男爵 単独舞踏会「ボンジュール~お姉さんのロンドン留学の話がなくなってもいいのかい!?~」 [DVD]

髭男爵 単独舞踏会「ボンジュール~お姉さんのロンドン留学の話がなくなってもいいのかい!?~」 [DVD]

 

2008年7月に新宿明治安田生命ホールで開催された単独舞踏会を収録。

爆笑レッドカーペット」を中心としたショートネタブームの最中、数々のキャラ芸人たちとともに注目を集めたお笑いコンビ、髭男爵の貴重な単独作品である。ただ、この時点で髭男爵は、M-1グランプリの準決勝戦に進出するほどには実力が認められていたので、他のキャラ芸人たちと十把一絡げにまとめてしまうのは、少し違うのかもしれない。事実、ツッコミを入れるたびに、お互いが手にしているワイングラスをぶつけ合う“貴族のお漫才”スタイルは、漫才の演出としてもリズムとしても魅力的で、非常によく出来ていた。

本編でも“貴族のお漫才”が披露されている。オープニングを飾っている『バケーション』というネタがそれだ。最近、プライベートで色んなことがあって疲れているというひぐち君に、男爵様が一緒にバケーションに出かけないかと話を持ち掛ける。オープニングトークからの流れで披露されているため、やや違和感の残る始まり方をしてしまっているが、肝心の内容は十年近く経過した今でも十二分に面白い。“貴族のお漫才”がヒットしてからというもの、髭男爵は新たなフォーマットを模索するようになっていったのだが、このフォーマットだけでも十二分に戦えたのではないかと今となっては思わずにいられない。

その模索の中で生まれた漫才が『本』である。蔵の中から沢山の本を見つけてきたひぐち君が、男爵様の未来が書かれているという予言書を読み上げていく。読み物漫才にシフトチェンジするという発想は悪くなかったように思うが、男爵様が本の内容にツッコミを入れると同時にページを破り捨てるというスタイルは宜しくない。例えば、普段から本に慣れ親しんでいる読書家の人ならば、それが演出だと分かっていたとしても、本の頁を破り捨てるという行為に少なからず不快感を覚えるだろう。……あと、舞台が汚れるし。それはそれとして、こちらもネタの内容は面白かった。途中から、男爵様の本当のプロフィールが読み上げられていくのだが、その詳細がいちいち強烈で、もっと詳細が知りたくなった。近年、男爵様が世にお出しになられたエッセイ本『ヒキコモリ漂流記』には、きっと細かい情報が書かれているのだろう。まだ読んでないから分からないけれど。

これ以降の漫才は、いずれも単独公演ならではの遊び心に満ちたネタとなっている。例えば、覆面を装着して剣を手にした男爵様が剣で壁に刻んだ文字でひぐち君のボケにツッコミを入れる『怪傑ゾロ漫才』、ひぐち君が考えてきたショートコントに男爵様が強引に巻き込まれる『セクシーオリンピック』、男爵様のボケに身分の差から対等にツッコミを入れることが出来ないひぐち君が民衆(=観客)の協力を得てツッコミを入れようと試みる『民衆の声漫才』……正直、文章だけで説明して、これらの漫才の概要がきちんと読者の方々に伝わっているのか不安になるが、とにかくそういうようなネタなのである。

正直、芸人のネタとして見ると、完成度はさほど高くはない。ただ、貴族と召使のコンビが観客を楽しませることに重点を置いたライブとしては、とても面白かった。ひぐち君が天狗になっていることをVTRで徹底的に糾弾したり、髭男爵サンミュージックの社長とダンディ坂野モノボケに興じたり、幕間で謎の外国人俳優が茶番を披露したり……他所ではなかなか見られない楽しさに満ち溢れていた。もしも私がナマでこのライブを観ていたとしたら、きっと良い思い出として記憶に残ったに違いない。

ちなみに、どうしてこの作品を今のタイミングでレビューしているのかというと、「ワイドナショー」に出演された山田ルイ五十三世のコメントがTwitterで話題になっていたからだ。……このようなことを書くと、なにやら話題に便乗しようとしているように見られるかもしれないが、こちらの気持ちはむしろ逆だ。コメンテーターとしての山田ルイ五十三世が注目を集めることは別に構わないのだが、それに伴い、芸人としての髭男爵の確かな面白さを忘れ去られてしまうことに不安を感じたのである。十年前、髭男爵は確かに面白いコンビだったし、その“貴族のお漫才”は唯一無二のスタイルだった。それだけはしっかりと覚えておいてもらいたい。今も漫才が面白いのかどうかは知らんが。きっと面白いんじゃないかなあ。

■本編【84分】

「バケーション」「ショートコメディ「ロバーツとキャロライン」」「本」「怪傑ゾロ漫才」「ショートコメディ「パン泥棒」」「セクシーオリンピック」「VTR:天狗なひぐちくん」「ひぐちくんオーディション」「ショートコメディ「借金」」「キツネ狩り」「民衆の声漫才」

■音声特典

髭男爵大関隆之(マネージャー)・堀由史(構成作家)・山本しろうエルシャラカーニ)によるコメンタリー