白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

「M-1グランプリ2016」(2016年12月4日)

【司会】

今田耕司上戸彩

【審査員】

オール巨人中川家・礼二/博多大吉/松本人志上沼恵美子

■FIRTST ROUND■

【アキナ】

「両親の離婚」。母親が家を出ていくところを目撃した五歳の子どもが、父親も戸惑うほどに大人びた口調で離婚の理由を訊ねる。元々は“ソーセージ”時代に育まれたコント。子どもが年不相応なことを言い続けるギャップが、笑いへと昇華されている。そのシンプルな構図が故に簡単に飽きが来そうなものだが、そこを山名が味のある演技で魅せている。台詞回しも絶妙。「バブっていうほどガキやない。公文行くほどオトナやない」というキラーワードもさることながら、「おままごとやらしてもろてる」「五歳ド真ん中、走らせてもろてます」などのように、ちょっとした言い回しから渋みが滲み出てくるところもたまらない。ただ、山名のキャラクターが前面に押し出され過ぎていて、漫才としての意義が揺らいでいたような気もする。やりとりの途中でブツ切りにしたようなオチも勿体無い。「巨人:92点」「礼二:89点」「大吉:89点」「松本:87点」「上沼:89点」「合計:446点」。

 

【カミナリ】

「川柳」。竹内が社交的な祖父の影響で身に付けたという特技の川柳を、相方の石田に向かって披露する。ここぞという場面でのみ放たれるイナヅマのような石田のツッコミを軸に構成された漫才。重要なのは、このツッコミがどのタイミングのボケに対して放たれているのか、という点だ。例えば、最初はスルーしていたちょっとしたワードを、状況の変化に応じて引っ張り出してくる。こういう台本の段階で練り上げられているタイプの漫才は評価されにくいのだが、彼らの場合、持ち前の茨城弁が「台本を忠実に再現している感」を完全に消し去っている。それどころか、漫才のシステムの向こうに垣間見える人間臭さに、興味を覚える。この辺りは、“ズレ漫才”のオードリー、“ヤホー漫才”のナイツに近いものがある。売れっ子になる素質あり、か。「巨人:91点」「礼二:90点」「大吉:90点」「松本:89点」「上沼:81点」「合計:441点」。巨人はアキナより1点下げ、礼二・大吉・松本は逆に1点ずつ上げている。目立つのは上沼で8点も下げている。どういう意図による採点だったのか、コメントが聞きたかった……!

 

相席スタート

「選球眼」。タイプの男性に「振ってまう球(=ボール)」といわれて嬉しそうにしている山﨑が、「ボールも振っちゃったらストライクでしょ?」「普通のストライクよりも私いい球じゃない?」と持論を展開、その根拠を野球のシチュエーションに見立てて解説する。「異性のストライクゾーン」を「野球のストライクゾーン」に置き換え、次々と明らかになっていく女性の情報を得て、バッターとなった山添がバットを振るかどうか選球する……というシチュエーションの時点で面白い。ここに、リポーターとなった山﨑が、山添の球に対する反応についてインタビューするくだりが加わることで、より笑いに厚みが増している。ただ、ネタそのものだけを切り取ってみると、“合コンに来る女性あるある”に留まってしまっている感も否めない。そこには漫才特有の虚が感じられない。とはいえ、この男女の感情が渦巻く世界を巧みに切り取った漫才は、確かに評価されるべきである。今後の進化に期待したい。「巨人:87点」「礼二:88点」「大吉:87点」「松本:84点」「上沼:90点」「合計436点」。男性四人が基準点となるアキナより低い点数を付けている中、上沼は先の二組よりも高い配点に。男女コンビならではの漫才という側面を評価した。

 

銀シャリ

ドレミの歌」。ドレミの歌の歌詞に出てくるワードの統一感のなさに違和感を覚える鰻が、特定のテーマに関するワード縛りによる新しい『ドレミの歌』を作ろうと試みる。基本的な技量については言わずもがな。橋本のワードセンスに長けたツッコミ(「ドーナッツ」を「カシューナッツの言い方やから!」と簡潔に説明できる技術力の高さ)と、鰻の素っ頓狂なボケ。それぞれ非常にレベルが高い。そこで重要になってくるのが、二人の魅力を活かした台本になるわけだが、これが非常によく練られていた。分かりやすいマクラから本題への導入、「レ?」を中心とした鰻のボケメインのパート、「シドレミドレ」を挟んで、「表紙」を中心とした橋本のツッコミメインのパート、そして最後は「ミっちもファっちも」と同じパターンのボケを繰り返す。全体のバランス感が素晴らしい。特に「表紙」パートにおける、橋本のツッコミがヒートアップするくだりはたまらないものがあった。ツッコミとしての立場に埋没し過ぎてしまい、もはやボケの領域に侵犯する……この右肩上がりの構成の上手さ。お見事。「巨人:96点」「礼二:91点」「大吉:93点」「松本:95点」「上沼:95点」「合計:470点」。基準点から大きく差を開いて評価する審査員が多い中、礼二が基準点+2点と少し控えめに評価。

 

スリムクラブ

「登山」。山登りに来た内間が、アンダー18歳以下の天狗と勘違いされてしまう。そんじょそこらの芸人ではとてもじゃないが辿り着けないであろう発想の鋭さを武器にした漫才である。そのことは設定だけを見ても分かる。ただの「天狗」ではなく、「アンダー18歳以下の天狗」と表現する上手さ。「18歳未満」ではない。「アンダー18歳以下」である。とはいえ、発想の鋭さだけでは、単なる大喜利の羅列で終わってしまう。スリムクラブはその発想をきちんと漫才の構成に落とし込んでいる。とりわけ、家系図のことを、「家族のトーナメント表みたいなの」と表現してからのくだりには笑った。まさか、この雑なボケが、その後のボケの伏線になっていたとは。あと、個人的には、「天狗」という設定に惹かれるものがあった。かつてのM-1で漫才を演じていた笑い飯の発想が土着的であったように、彼らのネタもまたその土地・風習の香りを漂わせていたからだ。その様子が、私には笑い飯のスタイルをスリムクラブが引き継いだように見えて、なんだか勝手に感動してしまった。ただ、オチはちょっと、無難なところに落としてしまった感。「巨人:85点」「礼二:89点」「大吉:88点」「松本:90点」「上沼:89点」「合計:441点」。巨人がここまでで最低評価。対して、松本は90点を超える高評価。

 

【ハライチ】

ロールプレイングゲーム」。岩井が考えたロールプレイングゲームを澤部がプレイしようとするも、初期設定の段階で躓いてしまう。岩井の繰り出す珍妙なワードを澤部が全身で表現する彼ら独自の漫才システム“ノリボケ漫才”ではなく、澤部がロールプレイングゲームの初期設定の入力に失敗し続ける様を描いた漫才。ただ、改めて考えてみると、ロールプレイングゲームよりももっと広い、機械全般の融通の利かなさをテーマにした漫才といえるのかもしれない。いわば、様々なお店で使用されているタッチパネルに慣れていない御年輩の方がやらかしているだろう失敗を、澤部が再現しているわけだ。そんなモノが面白いのか……というと、これが非常に面白い。ハライチというコンビが世に出て幾年月が経過しているが、未だに澤部が戸惑ったり頭を抱えたりする姿は新鮮に笑える。やはり根本的に表現者としてのスペックが高いのだろう。しかし、澤部と機械が対峙している設定のこの漫才では、“ノリボケ漫才”の頃から希薄だった岩井の存在感はより希薄なものになってしまっている。そこに物足りなさを覚えないかというと、嘘になる。とはいえ、ハライチが“ノリボケ漫才”以外の方法で、その面白さを引き出す手法を見出しかけようとしている現状は、なかなかに興味深い。今後の進展が楽しみだ。「巨人:91点」「礼二:88点」「大吉:89点」「松本:85点」「上沼:93点」「合計:446点」。礼二・大吉・松本が厳しい点数。特に礼二は全出場者中最低点(相席スタートとタイ)。対して、ベテランの巨人と上沼は高く評価。

 

スーパーマラドーナ

「エレベーター」。田中がエレベーターの中に閉じ込められたときの状況を一人二役で演じ、その内容に武智がツッコミを入れていくスタイルの漫才。昨年大会の決勝戦で既に披露されていたフォーマットだが、人の死やセクシャル・ハラスメントを取り入れることでクレイジーさを強調していた昨年の漫才に比べ、今回はより笑いの起こりやすい程度に抑えられていたように思う。コンプライアンスに上手く対応した、とでもいうのだろうか。ただ、昨年は田中のクレイジーな描写が凄まじかったからこそ注目を集めた訳で、その要素を控え目にしてしまったら、それは単なる漫才コントなのではないかという気がしないでもない。とはいえ、オチには笑った。あれだけしっちゃかめっちゃかなことをしておきながら、あの顔は卑怯だ。「巨人:90点」「礼二:95点」「大吉:92点」「松本:89点」「上沼:93点」「合計:459点」。礼二は全コンビ中最高得点、大吉も二番目に高い採点となっている。対して、巨人と松本はやや低め。とはいえ、全体的には高く、幅広い層に万遍無く評価された結果としての高得点といえる。

 

さらば青春の光

「能」。東口が語る中学時代の思い出話に「漫画やん!」と相槌を打っていた森田が、交替して中学時代の思い出話を語っていると、今度は東口に「能やん」と相槌を打たれ……。かなり面白い試みがなされている漫才である。そもそも、「漫画やん!」という相槌は、漫画に起こりがちなシチュエーションを多くの人たちが認識しているからこそ成立する。だが、この漫才のように、あまり一般には具体的な内容が浸透していない古典芸能である「能」を代わりに持ち出すと、やっていることは殆ど「漫画やん!」の時と同じなのに、まったく違ったニュアンスになってしまう。否、漫画を知らない人にしてみれば、森田の「漫画やん!」という相槌の時点で、同様の違和感を覚えていたのかもしれない。この切り口の面白さ。それでいて、構成も上手い。「漫画やん!」でフォーマットを観客に浸透させ、「能やん!」で明らかに違和感が生じているが虚実が不確かな状態に持ち込み、「浄瑠璃やん!」で嘘を明確にし、「ねじり鉢巻き角刈り奮闘記」で油断させたところで「途中、ちょっと能やん」で不意打ちを食らわせる。この徹底して煙に巻く感じがたまらない。そんな東口に踊らされている森田の姿を見せているという意味では、ハライチに似ているところがあるのかもしれない。「巨人:87点」「礼二:90点」「大吉:90点」「松本:90点」「上沼:91点」「合計:448点」。巨人がちょっと厳しめ。対して、松本はスリムクラブと同点の三位タイの高評価。

 

ワイルドカード:和牛】

「ドライブデート」。車の免許を持っていない水田が、車の運転が好きな彼女と一緒に公園までドライブデートに出かける。昨年大会の決勝戦では「結婚式を抜け出して会いに来た恋人を正論で追い返す」、敗者復活戦では「彼女の作る料理を料理人だった水田がダメ出しする」と、どちらも水田が持論で女性を理詰めするスタイルの漫才を演じていた彼らだが、今回はド直球の漫才コントで勝負。また、これが漫才コントのお手本とでもいうような、素晴らしい出来だった。「ドア」「シートベルト」「ドライブスルー」「ガソリンスタンド」「後部座席にお弁当」などドライブデートという漠然とした設定を存分に活かした展開がしっかりと盛り込まれているし、「車が曲がるときに過剰に反応する」「ドライブスルーで大声をあげた後で実は窓を開けていなかったことが発覚する」「アスレチック」などのボケは漫才じゃなければ成立しない。それでいてツッコミも巧みだからたまらない。「手ぇが近いなぁ……」など、さりげないワードの口調が完璧だ。「巨人:95点」「礼二:95点」「大吉:91点」「松本:93点」「上沼:95点」「合計:469点」。礼二と上沼が最高点(礼二はスーパーマラドーナとトップタイ、上沼は銀シャリとトップタイ)。

 

■結果■

1.銀シャリ(470点)

2.和牛(469点)※ワイルドカード

3.スーパーマラドーナ(459点)

4.さらば青春の光(448点)

5.アキナ(446点)

6.ハライチ(446点)

7.カミナリ(441点)

8.スリムクラブ(441点)

9.相席スタート(436点)

 

■最終決戦■

スーパーマラドーナ

「時代劇」。時代劇が好きだという武智が、一匹狼の侍が町娘に絡んでいるチンピラを切り捨てて決め台詞を言うシーンがやりたいと提案する。ある一つのシーンを失敗(=ボケ)するたびにやり直す、ベーシックなスタイルの漫才。テンポのいいボケとツッコミの応酬が心地良く、ネタの内容もシンプルで笑いやすい。田中にビンタを食らわせたことに引いている観客に対して、武智が「プロの技術で叩いています」とフォローするシーンも笑えた。ピンチをチャンスに変えている。ただ、その一方で、一本目よりも更に田中のクレイジーな側面が見えにくくなってしまって、スーパーマラドーナというコンビの特色が薄れてしまったような気もする。ただでさえ、この設定はテンダラーNON STYLEの名作のイメージが強いので、ここでこのネタを用意したのは得策だったといえるのかどうか。きちんとコンビ同士の白熱したやりとりを見せられた、という意味では良かったのかもしれない。

 

【和牛】

「花火デート」。一本目と同様、彼女とデートに出かける漫才コント。こちらも漫才コントのお手本とでもいうようなクオリティ。お祭りデートという設定を存分に活かし、漫才ならではの仕掛けが施されている。だが、それ以上に見るべきは、一本目よりも格段に良くなっている川西のツッコミである。とにかく的確、それでいて笑える。コント開始直後の「揉めたくない、揉めたくない、揉めたくなーい!」も素晴らしいし、射的で水田がおじいさんに弾を当てて睨まれたことに対する一言も最高だった(ちゃんと視点を水田の服に動かしている細かさ)が、水田が蛙に指輪を仕込んでいたことが発覚し、あわてて蛙を探すくだりは何度見ても笑ってしまう。ただ、オチにもう一ひねり、何かが欲しかったような気もする。蛙の余韻だけで引っ張ってしまったような。

 

銀シャリ

「雑学」。雑学や蘊蓄にハマッているという鰻と、雑学が身に付いている橋本が、交互に雑学を言い合う。橋本が普通に雑学を披露し、それを受けて鰻があからさまな嘘雑学(例えば「ビックマック」はサイズと企業名を合わせたものではなく、ビックマック男爵が考案したものだとか言ってのける)を披露する……というフォーマットのしゃべくり漫才。正直、一本目のネタに比べて、内容から厚みが失われている。橋本のツッコミは一本目ほど激しくないし(終盤のブロッコリーのくだりで少し熱が上がっていたが)、鰻のボケも少なくなっている。ただ、二人のキャラクターはより明確になっており、漫才としてはより老若男女に伝わりやすい内容になっているともいえる。

 

■結果発表■

巨人:銀シャリ

礼二:スーパーマラドーナ

大吉:銀シャリ

松本:和牛

上沼:銀シャリ

 

M-1グランプリ2016」王者は銀シャリに決定!

 

 【思ったこと】

とにかく銀シャリの「ドレミの歌」がDVDに収録されるのかが、気になる。

というのも、「M-1グランプリ2010」でカナリアが同じテーマの漫才を披露したところ、版権上の理由でDVDに収録されないという憂き目を見ていたからだ。まあ、はっきり言ってしまえば、よくあることである。とはいえ、日本中のお笑いファンたちからの注目を集めている大会の王者のネタをカットするというのは、あまり良いことのようには思えない。当時、カナリアの漫才が収録されなかった理由は分からないが、版権的なことであるのなら、なんとか解決してもらいたい(そういえばR-1チャンプのあべこうじの「ドレミの歌」をテーマにした漫談もDVDに収録されなかったような……)。

あと、思うことといえば、審査員の数が幾ら何んでも少なすぎるのではないか(同様のことは松本人志+さまぁ~ず+バナナマンが審査している「キングオブコント」にもいえる)とか、恐らくは老若男女にウケるような漫才を志向した審査になっていたと思うのだけど結成十五年以下の若手にそれを求めるのは酷なんじゃないか(特に東京方面はフォーマットから個性を出している若手が多いから、この審査方針だと余計に入り込みにくいような気がする)とか、カミナリの漫才が上沼恵美子に厳しく評価されているのを見て2004年のタカアンドトシを思い出したとか、銀シャリスーパーマラドーナみたいな構成で魅せる漫才は集中して見ると面白いけど“ながら見”が当たり前になっているテレビ視聴層にはむしろ向いてないのではないかとか、そのくらいか。

あ、それと、個人的には和牛だった。めちゃくちゃ面白かった。来年、きっと優勝してくれるだろうけど、出来なかったとしても、この漫才が世に出てきたことに感謝したくなるくらいに面白かった。来年、是非にでも、DVDをリリースしてもらいたいところ。

こちらからは以上。