白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

メキシカン大学の話。

「先日、経営コンサルタントとして活動しているショーンK氏の学歴詐称が明らかとなった」という報道を目にした。彼のことは以前から知っていたが、大して思い入れのない人物だったので、この報道にもあまり興味を抱けなかった。好きでも嫌いでもない人間に苛立ちを覚えるほど暇ではない。それよりも気になったのは、学歴や経歴が嘘まみれであったとしても、割とごまかしが利いてしまう世間の能天気さである。いや、言うまでもなく、誰にでも出来ることではないのだろうが……。そこで、広島県の某大学を卒業している私は、ふと冗談半分に「じゃあ、私も今度からメキシカン大学卒業ということにしてしまおう」と思いついた。そして、即座に思った。「……メキシカン大学って何処だよ!」と。

 

しばらく考えた後に、辿り着いたのが『シティボーイズミックスpresents ラ ハッスルきのこショー』である。

 

 

いやはや、懐かしい。2002年の12月、まさに広島の某大学に通っていた私が、当時住んでいたアパートの近くにあったレンタルビデオで見かけ、興味本位で借りた作品だ。その頃の私は、『爆笑オンエアバトル』にどっぷりとハマり、お笑いDVDコレクターというけもの道をゆっくりと歩き出している身ではあったが、まだシティボーイズには辿り着いていなかった。そのため、なんとなしに手に取ったパッケージを見て、随分と驚いたものだ。大竹まこと、きたろう、斉木しげるの三人を個人では知っていたが、よもや彼らがトリオだとは思いもしなかったからだ。ちなみに、その時の私の背中を押してくれたのは、ゲストとして参加していた中村有志いとうせいこうの存在だった。「テレビチャンピオンのリポーターと正体のつかめない文化人タレントがこの三人と一緒にコントをやるのか!?」と、私の好奇心を上手くくすぐったのである。ちなみに、いとうせいこうに関しては、未だに正体がつかめない。小説家なのか、ラッパーなのか、コメディアンなのか……。

 

借りてきたビデオを持ち帰り、すぐさまVHS・DVD兼用プレイヤーに差し込んだ。……当時はまだVHSの方が主流だった。これが少しずつDVDへと移行するようになっていく。本編を再生すると、次から次へと繰り広げられる衝撃的なコント! コント! コント!  まるでコントの機関銃を心臓に撃ち込まれたような感覚だった。とにかく意味がないのである。何の意味も持たないのである。それなのに、奥行きと深みがある。確かなバックボーンを感じさせられる。それがとても驚きで、惹きつけられた。貴婦人たちの謎の高笑いで幕を開け、老人を介護する珍奇な老人たち、ビルの屋上でキリンの王国を築き上げた男、真珠湾攻撃前夜に繰り広げられる算数の授業、無為な雑談が繰り広げられる饅頭工場、そして電柱にしがみついている男……。どれもこれも意味がない。でも、だからこそ、面白い。

 

「メキシカン大学」というフレーズは『坂ノ上教授の米寿を祝う会』というコントに出てくる(厳密にいうと、本作のコントにはタイトルが存在しないので、私が便宜上勝手にタイトルをつけている)。文字通り、坂ノ上教授の米寿を祝う会に、かつての教え子たちが集まるというコントなのだが……(以下、ネタバレ)

 

明転すると、舞台上には出演者たち(いとう、斉木、きたろう)と数多くのマネキンが座している。どうしてマネキンが座っているのか、初めは分からない。だが、最初の会話によって、観客はすぐに状況を理解する。

 

いとう「本当に大丈夫ですか、これ!」

きたろう「大丈夫! 教授の視力もだいぶ衰えてきている」

 

要するに、米寿を祝う会に人が集まらなかったので、マネキンで代用しようという魂胆なわけだ。しばらく、お互いの研究について話している三人。そこへ、教授の到着を外で待っていた園山(中村)と、車椅子で移動する坂ノ上教授(大竹)がやってくる。到着して早々、教授の挨拶が始まる。

 

大竹「いや、あー……。今日は、私のために、こんなに集まってもらって、本当にありがとう。長い教授生活で、色んな学生に教えてきたが……私は、今まで……マネキンに教えた覚えはない!!!」

 

ここでしばらくのマネキンいじりが繰り広げられるのだが、言葉で説明しても面白くならないので割愛する。話は教え子たちの現状へ。坂ノ上教授の教え子たちは皆教授になっているという。まずは斉木演じるハヤシ。

 

大竹「君は何処の大学だ?」

斉木「アメリカン大学です」

大竹「……んん? アメリカン大学? 何処にあるんだ」

斉木「駒込です」

いとう「駅伝の強いケニア人を入れて、大変有名になった」

中村「最近、共学になったんです」

大竹「共学ぅ!?」

斉木「教授のエビの研究には敵いませんが、今度、学術新聞に私の論文が載ることになりました。『ジャンボタニシ騒動記』。教授のところに二千部ほど送らせていただきました」

大竹「こ、こら! なんで二千部も送るんだ、バカ!」

 

続いて、いとう演じる男(名前が出ない)。

 

大竹「君はどういう研究をしているんだ?」

いとう「はい、波の研究をしております!」

大竹「ほー……波の研究か」

いとう「はい。研究というより調節ですが」

大竹「ほー……調節?」

いとう「大磯ロングビーチで波の係をしています」

大竹「……アルバイトか?」

いとう「はい。正社員になった際は、また改めて……」

大竹「(さえぎるように)座れ!!!」

 

最後はきたろう演じるサナダ。

 

大竹「君は、確か水の研究だったね?」

きたろう「はい。洗濯洗剤による環境汚染の問題を考えて、水が洗剤の代わりにならないかを研究しております。水の分子を小さくすることで、それが可能になるんです」

大竹「(感心するように)そうなのか」

きたろう「テレビでやってました。通販番組です。それを元に研究を始めたわけです」

大竹「あ、後追いか?」

きたろう「はい」

 

その後も呆れた研究内容が語られ、そして例のワードが出てくる。

 

大竹「何処の大学だ!!!」

きたろう「メキシカン大学です!」

 大竹、車椅子で突っ込もうとするところを中村に抑えられる。

大竹「何処にあるんだ!!!」

きたろう「三茶……三軒茶屋オートバックスの二階です」

 大竹、再度車椅子で突っ込もうとするところを中村に抑えられる。

 

これがメキシカン大学である。だからなんだという話だが。

 

ちなみに、この後の展開は、きたろうといとうせいこうが寸劇を披露し、斉木が腹話術人形を駆使したりしなかったり、中村がヘビを呑み込もうとしたり、坂ノ上教授がアクティブでハッスルな講義を始めたりする。五十代のおじさんが全力でフザケている姿は非常に面白く、また人生の先輩として非常に心強いので、気になる方は良かったら。