白昼夢の視聴覚室

この世は仮の宿

「巨匠 ベストコント集「よういち&かず」」(2015年5月27日)

2015年3月15日に東方区民ホールで開催された収録用ベストライブをパッケージ。

巨匠は岡野陽一本田和之によって2008年に結成された。怪しげな口髭を生やしたボケが岡野、ふくよかで笑顔がかわいいツッコミが本田である。二人が出会ったのはプロダクション人力舎が運営している養成所・スクールJCAで、彼ら自身は17期生にあたる。その奇抜な発想のコントには定評があり、「キングオブコント2014」「キングオブコント2015」に二年連続で決勝進出を果たしている。ちなみに、六歳離れた年の差コンビでもある(岡野は81年生まれ、本田は87年生まれ)。

巨匠といえば、一般的には「キングオブコント2014」決勝戦で披露された、『おじさんを作るおじさん』のイメージが強いのではないだろうか。確かに、あのネタは衝撃的だった。競馬新聞でパチンコ玉をくるんでおじさんを量産しているおじさんの卑屈で計画的な目的のおぞましさ。ファンタジーな世界観を確かなリアリティで構築した、実に不気味なコントだった。惜しくも、対戦相手のシソンヌに敗北を期してしまったが、彼らのネタは多くの人の心に残ったことだろう。

本作には、この『おじさんを作るおじさん』を含めた、全十二本のコントが収録されている。他のネタも負けず劣らずインパクトが強い。事実とはまったく違う知識を植え付けられた小学生の悲惨だが可笑しい姿を描いた『日本の教育』、某金田一少年が事件の容疑者をひょうたんの中に封じ込めてしまったという『ひょうたんのやつ』、夜道を歩いている子どもの前に不気味な妖怪が次から次へと現れる『万物の祖』などなど……どのコントにも共通して、得体の知れない危うい雰囲気が漂っている。その意味では、巨匠のコントは彼らの先輩である鬼ヶ島のそれとよく似ている。しかし、鬼ヶ島のコントが完全にフィクションの世界を描いているのに対し、巨匠のコントには常にリアルがつきまとっている。だからこそ、彼らのコントは「ただ笑えるもの」に留まらない。不穏で、不愉快で、不可解で……だけど、面白い。

とりわけ、印象に残っているのは、『お金吐くおじさん』と『ごめんね』。『お金吐くおじさん』は、毎週金曜の午前中に口からお金を吐き出してしまうおじさんと遭遇した小学生のコントだ。『おじさんを作るおじさん』に比べると、ちょっとファンタジー色が強いが、妙にディティールが細かい所が実に魅力的だ。「皮肉なもんだなあ……吐きたてのお金はあったけえんだ……」という台詞の凄さ。また、岡野演じる胡散臭いおじさんの演技が、ここでも素晴らしい。当たり役なのではないだろうか。『ごめんね』は、クラスの席替えで一番後ろの席になってしまった本田が、目が悪くなってしまったことを理由に、一番前の席に座っている岡野の席と交換してもらおうとするコントである。……設定だけを見ると実に日常的なシチュエーションだが、岡野に席を譲ってもらうために、笑顔で狡猾に立ち回る本田がなんともいえない気持ち悪さだった。岡野の存在で気付きにくいが、本田もなかなかな存在感だということに気付かされる。オチも素晴らしい。とことん人を惑わせる。

全体的には充実したラインナップとなっている本作だが、残念ながら「キングオブコント2015」決勝戦で披露されたコント『寿司屋』は未収録。同年2月に開催された単独ライブ『まだ見ぬ息子達へ』で披露されたコントらしいので、時期的には収録できた筈だが……。いや、ひょっとしたら、いずれ単独ライブを映像化する予定があるからこそ、あえて外したという可能性も否定できない。今後の活躍次第では、もしかしたら……。同大会のソフト化が危ぶまれている今、そこに望みを託すばかりである。

……と、2016年1月24日にここまで書いた。22日に「ラブレターズと巨匠のDVDレビューをそろそろ書こう」と思い、24日に仕上げ、順番に更新していくつもりだったのである。それが、まさか、こんなことになろうとは。

2016年1月25日、巨匠の解散が正式に発表された。理由は本田の引退。「いつからかお笑いに対する限界を感じ、解散を決意致しました」とコメントしている。今後は料理人に転職する予定らしい。一方の岡野は、これからも芸人としての活動を続けるようだ。事務所や相方とは円満に決着し、他にやりたいことを見つけたから引退するというのであれば、ここは素直にエールを送るべきなのだろう。しかし、コンビ結成10年未満という若さで、『キングオブコント』の決勝戦に二年連続で進出した彼らが「限界を感じ」たという事実を、上手く受け入れられない自分もいる。当人にしか分からない限界が見えていたのだろうか。

二人がいつか、それぞれの道の“巨匠”になる日が来ることを願う。 

■本編【57分】

「お金吐くおじさん」「日本の教育」「親友とは」「ごめんね」「ファッション」「スルメの処刑」「ひょうたんのやつ」「生きるという事」「おじさんを作るおじさん」「森守」「概念漫才」「万物の祖」